木曜日, 12月 10, 2009

更年期

昨日久しぶりに(といってもそんなに間が開いていたわけではないが)、仕事で一緒だった友達と会ってきた。

お互い40を過ぎ、あるいは50あたりをウロウロするような年齢になると、どうもグチが多くなってくる。

彼女の方はむしろ前向きなのだが、私自身が現在超後ろ向き。

その理由の一つに更年期を入れている、今日この頃。

更年期だろう・・・と推測するに至る根拠:

その1: 寝ると時に布団を掛けるものの、5分もすると体内から発火(ちと大げさ)するような熱さを感じ、布団を剥いで全身が冷たくなるほどクールダウン。 体が冷え切ってから眠りに着く状態。

その2: 何かわからないけど猜疑心が強くなった気が・・・

1.の方はまだ風邪を引く可能性の問題なような気がするのだが、2.は始末が悪い。
妄想なのか、もともとの性格的なものなのか、判断が着かないのが現状。

“初老期の鬱病”という表現があるのだが、初老を迎える頃というのは、体だけでなく、心も多少アンバランスになるようで。 多少なら良いのだが、そこに外的な要因も加わると、グラグラ度が増すようで。

最近は、自分との戦いに日夜奮闘している感あり。

そんな中、所謂サブリメイトという概念になるのだろうが、はまっているバンドが“犬神サーカス団”。
まあ、はじめてフル・アルバムを聴いた時には、「ここまで歌詞で表現するか!」というほどドロドロだったわけだが・・・

聴けば、聴くほど、惹き込まれていく。 人間の真理の一面をずばり突いているのだろう、少なくとも私にはジャスト・ミート! まさしくツボにハマッタとはこのこと。

さて、、毎年のことではあるが、今年も無事に年末年始を乗り切れるだろうか?
毎年、この時期は行き場の無くなったエネルギーが自分に向かってくるんだよね。
しんどい季節をまた迎えるのか・・・ あ~、あ・・・

でも、そう言えば、ニュー相方が現れて、かつ猫家族が出来てからは年末年始に落ち込むのとはご縁が無くなっているかも。

やっぱり、たまには気持ちを活字にしてみないといけないなorz

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月曜日, 4月 13, 2009

ツイストトゥギャザー・ランプ

これ欲しいと書いて、買い物貯金をするつもりが在庫が少なかったので買ってしまった。

嗚呼〜、意志薄弱なワタシ・・・


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水曜日, 10月 22, 2008

引っ越しました!!

このたび、猫ブログと、にゃんこコミックが引っ越ししました。
よろしかったら、猫パンチTVさんの“もふもふパラダイスをのぞいて見てください!


ひそかに、まった~りと書き進めていた、我が家のニャンズの現状。親ばか丸出しのパロディや、よくボケ、ピンボケ写真。


思い起せば2006年の5月のゴールデン・ウィーク。我が家にメインクーンのドン・ファンとレオンがやってきた時から私の稚拙な備忘録的ブログは、ほとんど猫一色に。


2ニャンズが来て1ヶ月、住んでいたマンションの管理組合に猫を飼っていることがバレ、“徹底抗戦しようか!”という相方の声に意義を唱え・・・ “だったら「にゃんこハウス」を建てる”という天の声に従って、家探し。 気に入った建売にめぐり合えず、建てたい家のイメージが膨らんで・・・ 建築会社が決まってからの土地探し。


普通のパターンの真逆を行く家探し。 たどり着いたのは、今まで以上に都心から離れた場所。

2007年の6月に無事引越しをした翌月。 近所のスーパーの傍で低木に跨って鳴いていたマイケルを拉致。 引っ越して間もないドンとレオがどう思うか、不安と期待の入り混じった思いで歩いた夜の農道。 茶畑の中の道を歩きながら、「やっぱり連れて帰っちゃいけない気がする」と思ってお茶の木の横にそっと放したマイケル。「どっかに行ってしまったら、それまでの縁」などと言い訳が頭の中を駆け巡っていた。
暗に反してというか、やっぱりというか、マイケルはどこにも行かず、彼を抱き上げて残り2分の距離をにゃんこハウスに向かった。ドンとレオはマイケルを見てびっくり(あたりまえですわな!)。 臆することなくゴハン場に向かったマイケル。うにゃうにゃ!と大きな声を出しながらご飯を食べていたマイケル。 この瞬間に彼は我が家の一員となった!

明けて7月、レオンのお嫁さんのエミリーとアンジェリーナ光臨。 久しぶりにお会いしたドンとレオのブリーダーさんに、レオのお嫁さん話をした当日に迎え入れた。超電撃婚。 引っ越して2ヶ月後の出来事だった。

そして、2008年3月と4月、素敵な家族が6匹増えた! と思っていたら、この9月に4ニャン増えました!!

あー風雲急を告げるにゃんこハウス。
皆、引越しだ!準備はいいか?

今までこのブログを読んでくださった方たちに礼!!

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火曜日, 9月 30, 2008

これだけはどうしても! キャット・ステッカー

昨日、ヤフオクを徘徊していたら、このようなものを見つけた!



普段探しても中々見つからないのに・・・



ヤフオクで見つけるなんて、超ラッキーかも!!



早速注文。 出来上がったら、また報告予定だけど・・・


上のステッカーの“NAME”部分は、自分の好きな文字に置き換えてもらえます。
ちなみにうちは、“POPOKI LANI”にしたもらいました。

とりあえず!!

注文は、ここ!!
  ↓
カッティングステッカー製作専門SHOP オリジナルステッカー アトリエDOM

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水曜日, 8月 06, 2008

今週考え込んでしまったこと・・・

そう、今週は諸々あった。自分の家のことも、よそ様のことでも。

生きるってなんだろう。

今年の3月と4月に産まれたニャンズの子供達。小さな命が数日しか続かなかった子達。虹の橋を渡って行った。午後に庭に出た。 虹の橋の入り口に生えた雑草。庭の草むしりをしながらあらためて、彼らのことを思い出した。 皆、元気に暮らしているよ! ベストを尽くせなくてごめんね!

いつもお邪魔する大好きなブログにも胸が辛くなる記事が載っていた。 猫さんのこと。 やっとゆったり生活でえきるかと思ったら、病気のキャリアーだということがわかったらしい。 でも一緒に住んでいるお父さんとお母さん(もちろん人間の話)の考え方が素晴らしい。 "病気が発症する可能性はあるかもしれないけど、だから、どうした。 それでも彼は彼"。 自分にもそんな力強さがあるのか、ふと考えさせられた。 

親が体調を崩して入院していた。 病院に入ってもう2ヶ月経っていたらしい。直ぐ行ける距離なのに、2ヶ月も知らなかった。 心配させたくなかったらしいのだが・・・ 別に親と仲悪いわけでもないし、それなりに親密なんだけど・・・ ポちっと疎外感。 心がちょっぴり痛い。 80超えているから、動揺はないのだけど。 親と娘ってこんなもんなんかいな? 

姉のところの犬さんの体調も今一。 こちらもご老体。 いくつになっても子どもみたいな子なのだけど、体だけは年を重ねることに正直。 

みんな長生きしてくれれば良いのだが、生きることが辛くなってっしまったら、本当はどちらが良いのだろう。 だから、誰にも"ガンバレ!"なんて言わない。 生きることで十分頑張っているから、"病気に負けるな"、"仕事がんばれ!"、などなど、世の中どこまでガンバレばいいのか?

だいたいガンバレなんて掛け声かけなきゃいけない状況ってなんだ? "一生懸命生きてもいいや"って思えるような育ち方してないと、なかなか前向きには生きられない。 これがフロイトの言う『生のエネルギー』。 でも体の細胞が死んでいくという事実にあるように『死のエネルギー』もある。 このバランスのあり方が重要なのだろう。 如何に生きるか、は、如何に死を迎えるかということでもあるのかも知れない。

人生半分以上過ぎたし、そろそろ心を豊かにして毎日を過ごすように心がけなければ。
長生きすることは、密度の濃い人生と必ずしも同義ではないのだろうから。
なるようになる。 所詮なるようにしかならない。 たゆたう日々を送りたいな~

そうそう、恩師木田先生がよくおっしゃっていたフレーズ:

『災難に逢う時節には、災難に逢うがよく候。 
死ぬ時節には、死ぬがよく候。 
是ハこれ災難をのがるる妙法にて候』


「良寛」(水上勉/中公文庫)より

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土曜日, 6月 28, 2008

ネイルサロン・デビュー

昨日仕事の帰りに銀座にある山本さんのネイルサロンに行って来た。

エントランスはオートロック式。
そこで部屋番号を押して解錠してもらってから、エレベータに乗り込む。
(ここで、既にルール違反をする。 エレベーターから降りて来た人がいたので、入れ違いにちゃっかりドアを抜けて予告無しに乗り込んでしまった)

エレベーターを降りると、目の前にサロンが展開、部屋色は、“白”がベース。

白も、同じ系統のものではなく、“抜けるような白”、“乳白色”などトーンが微妙に違うもの。 そのため部屋に立体感と異次元のゆとりを感じさせる雰囲気となっていた。 

そんな雰囲気の中に立っている自分が、一瞬不思議に感じるぐらい。 山本さんは、白が似合うのだなと、思わず納得。

お店のオープン祝いのお花やプラントが良い感じに配置されており、BGMはi-Podから流れていた。こういいう小物使いや選曲のセンスにも納得!

圧巻は、二脚置いてあるお客様用のチェア(あえて椅子などとは呼びたくない)。 チェアの形と、部屋の中央に配置されていることが、シンプルで無駄を省いた空間に唯一の主張をしている。 山本さんがこだわったと言うだけあって、上質な座り心地。 細かいことは、是非体験してもらいたいので、ここには書かないが・・・ 

今回が私のネイルサロンへのデビューだが、山本さんにネイルをしていただいてあらためてわかったこと。 誰かに触れられるというのは、癒しであり、その空間は上質なものであることが望ましいこと。 

本当に満足の行く時間を過ごせる空間と技術を提供してくださった山本さんに感謝!

お知り合いになれて良かった。



そうそう、ネイルを施していただいた私の指達。

こんな感じ。
名付けて、“Mirror Ball -T”(ミラーボール・ターコイズバージョン)
家に着いてから慌てて撮った。 手モデルとしては最悪だが、こんなにも素敵に見える。 次回行くのが楽しみ!

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火曜日, 6月 17, 2008

同窓会と友達

昨年転居して、郵便物の転送依頼をかけていた。

それも今年の5月で切れ、6月以降に旧住所に送られている郵便物は、「宛先不明」として発送元に送り返されている。そんな中に、同窓会のお知らせがあったらしい。

今年の同窓会の幹事であるAさんが、律儀にも私の姉宅に連絡してくれた。 姉から彼女の電話番号を聞き、折り返し電話をした。彼女も結婚して姓が変わっているため、咄嗟に学校時代のあだ名が出てこなくて、妙な敬語で会話を進行させてしまった。新しい住所を伝え、昨日案内の封書を受け取った。
仕事から帰って、開封。 『○0歳記念クラス会』。  卒業してから○2年も経つんだ・・・あらためて時の経過に思いを馳せた。

私の通った学校は、幼稚園(当時はあったが、今は閉園)から大学までの一貫教育。 幼稚園のみ共学で、あとは女子のみ。姉は、3歳うえで同じ学校に通った。 女子校は性に合わないので、高校まで在籍。 それでも12年同じ校舎に通った。 というわけで、卒業生名簿には姉の情報も載っているので、私の所在が不明になっても「行方不明者」にはなりにくい。こういう時は、同じ学校に通った便利さがある。
さて、その同窓会の案内を、今朝あらためて読み直した。実は昨日ざっと目を通した時に、開催が日曜日であること、都内某所の“オシャレ”な場所であることで、行こうかどうしようか、迷っていた。 友達に合うのは楽しいのだが・・・

悪い癖で、いつもお呼びがかかると、かかったことがうれしくて、二つ返事で約束をしてしまう。実際その日が近づいてくると気が重くなっていく、ということが間々ある。この変な乗りで返事をしてしまうことに多少の警戒心を払って、最近は即答を避けるように心がけている。

といこうとで、結論を一日延ばして今日あらためて内容を熟読した。
今年の主な行事の中に、『追悼ミサ』という項目があり、中学時代同じ部活で、その後私が結婚した時、息子を産んだ時に遊びに来てくれた仲の良かった友達のMちゃんが今年2月に他界したことが書いてあった。

彼女は、私と同じ早生まれ。 誕生日の正確な日にちは覚えていないが、確か1月生まれだったような。 今年の誕生日を迎えて直ぐに亡くなったということか。

私の学年は、悲しいことに10代には物故会員が出てしまった。病気とかいろいろあるのだろうが、こんなに医学が進んでいても、人間の手の届かない領域はまだまだあるということか・・・

腰が痛かったり、「体力が落ちたな」と実感することが多い昨今。まさか、仲の良かった友達の消息をこんな形で知ることになろうとは、考えてもいなかった。

今年の同窓会には参加しよう。Mちゃんがどうしていたのか、皆元気なのかを知るためにも。
2月21日に逝ったMちゃんの冥福を祈って・・・合掌

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木曜日, 5月 29, 2008

猫の次は人間

レオの丸刈りーたに続いて、昨日自分の髪の毛をいじってもらいに行った。

最近ストレートの人が町中に増えて気がしたていて、何か違う髪型をと思いつきハードな髪の毛に変身。

知り合いの美容室に行き、5時間ぐらいかけて仕上げてもらった。
途中うたた寝をしてしまうほど、ゆったりした時間を過ごさせてもらった。

後ろ姿を写真に撮ってもらったのでアップ。
切った髪の長さは後ろで15センチぐらい。 ストレートのままだとまだ腰近くまであったのだが、スパイラルにして1/3ぐらい縮んだ。

久々にワイルドな感じで凄く気に入っている。 お化粧も変えなきゃ。

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日曜日, 4月 20, 2008

ほげほげ

写真がアップできない!

そりゃたいした写真じゃないけど、困ったもんだ。
方法はいくつかあるらしいけど、急に出来ないのも困りもの・・・
orz

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土曜日, 3月 08, 2008

祝 発刊

発刊が遅れていた本が無事発行の運びとなった。

これで、3冊目。 それも何とO'REILLY社から。 ただし、今回は以前ハワイでお世話になった川合氏の監修に基づく、Kahuaプロジェクトの一員として。 

それでもさすがにうれしそうだった。

表紙はハワイの州魚 フムフム・ヌクヌク・アプアア。

皆様、お疲れさまでした。

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日曜日, 2月 24, 2008

春の嵐

昨日、春一番が吹いた。
といこうとは、今日の風は春二番と呼ぶべきか。

外の天気と同じで、今日は心もバラバラな感じ。 “ちちに乱れ”とでも言えば良いのか。

あー、この日記にも秘密交換日記機能があれば・・・ 思いっきり書きたいこと書けるのに。
本を読む気にもなれない。 昼寝して多少はましになったものの、まるで人生がここで終わってしまうかも知れないような不安。 

あー、すっきりしない。 このもやもやは何だろう。
(って、もやもやの原因はわかっているのだけど・・・ あー思いっきり悪口が言いたい!!)

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土曜日, 1月 26, 2008

木田先生のお宅にお邪魔

本日予定通り、都内の木田先生のお家にお邪魔した。

先生の最後の読書会以来だから1年数ヶ月ぶり。
お宅は何もなかったように、時の流れを感じさせないままに佇んでいた。

いつも読書会が開かれていた部屋に入る。 同じように先生を偲んで来訪された方が二名と先生の二番目のお嬢様がいらした。 実は先生とは30年以上のお付き合いなのだが、先生のお嬢様にお会いするのは初めて。 先生が如何に来訪者同士や家人の方と顔を合わせないようにスケジュールを組まれていたかを痛感した。

部屋に入ると、そこに新たにご仏壇と戦争で亡くなった先生のお兄様、27年前に事故で無くなられた長男木田高介氏の写真が飾られていた。 お線香をあげ、しばし手を合わせた。

しばし8人で雑談をし、先生の書籍を拝見する。

フロイト選集と先生ご自身の著作を除いて「お好きな本をお持ちください」という言葉を頂戴して、あらためて本を眺める。 二十数年前、月一回ぐらい赤ん坊だった我が息子を見せに行ったものだった。 お邪魔すると、息子は先生の本を片っ端から者棚から落とし、置いてあるエレクトーンの上を徘徊したものだった。 そんな時、先生はいつも目を細め微笑みながらその光景を眺めていらした。 まるで、昨日のことのように思い出す懐かしい光景。

お邪魔するまでは、“先生は私の中に確かに息づいている”という思いだったので、先生の書籍を頂戴するつもりは無かったのだが、本棚を眺めているうちに、やはり頂戴していこうという思いにかられ、結構な数の本を戴いて来てしまった。

  • 『見えないアルバム』古澤頼雄著(古澤平作博士のご子息)
  • 『人間なるもの』K.メニンガー著
  • 『こわれたパーソナリティー』K.メニンガー著
  • 『精神分析用語辞典』ラプランシュ/ポンタリス著
  • 『現代精神分析1、2』小此木啓吾著(木田先生の弟弟子)
  • 『コミュニケーション不全症候群』中島梓著(『名探偵は精神分析がお好き』で木田先生と対談)
  • 『うぃー・あー・のっと・ざ・わーるど』きたやまおさむ著(高介氏の音楽仲間であり、阿邪世コンプレックスの関係で先生に原稿を依頼した関係。 私が二十数年前に精神分析学会に同行させていただいた時にお見かけてもいる)
  • その他:先生の自筆の覚え書き数点と先生愛用の点眼鏡一点
先生の遺品を形見分けしていただいてことに、何か後ろめたさを感じるのは何故だろう。 先生の存在を物質に置き換えてしまった気がするからだろうか・・・

-合掌-

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水曜日, 1月 23, 2008

いろいろ、もろもろ

今年は年初から、あまりにいろいろなことがあった。
今日現在振り返ってみれば、どれもたいしたことではない気もするが、それでも連続して受けるパンチのように静かに、確実にヒットし続けた感がある。

結果としては、ひどく疲れてしまった。 半分泣き言のような話であり、情けない感さえあるのだが、正直大分参った感がある。

仕事がらみあり、人間関係あり、買い物絡みから身内の体調不良まで・・・
10日ほどの間に、切れ間無くことが立て続けにおきた感じ。 別に自分の人生のハルマゲドンではないのだが、「前世の行いがよほど悪かったか・・・」と思わず前世論者になりそうになった。 

そもそも年末年始の乗り越え方が良くなかったのかも知れない。 しかたがないこととは言え、何かバタバタしているうちに年が明け、そのまま誕生日を迎え・・・ これって、例えるなら『朝起き上がり方を間違えた』と同じなのだけど、その後憂鬱なことは重なるもので、今週ぐらいになってからやっと復調の兆しが見え始めた感じ。 といっても、頭の上に立ちこめる黒雲は未だ晴れず・・・

40代も最後の歳になると、良からぬこともぽつぽつ考え始め・・・ やれ腕が痺れる、頭の中が痛い、足が調子悪いなどの本来あまり大げさではない事象が、何か悪いことの前兆のように感じられてくる。 

老父の予定されていた入院、手術。すでに本人了解済みで決めたことを粛々と行っているのだが、やはり心配は心配。 今週中にはお見舞いに行く予定。

でも何と行っても、今の気持ちを占めているのは、自分でプランしたことが予定通りに行っていないこと。 最悪の事態も想定してプランを建てたつもりが、それ以上に悪い結果を呼び、さらにそこにオマケがついて。 行き着く果ては疑心暗鬼。 これにはさすがに自分でも閉口して、久しぶりに、自己分析なるものを行ってみる。 自己分析もどきのことなので、無意識のうちに自分の内面に深く入り込むことを避け、3日間ほどかかって、やっと今の問題点と思われることを整理した。 その中でも、苦笑したこと。 3日目の朝だったと思うが、電車の中で今の自分の心境をイメージに例えるとしたら・・・などと考えながらうつらうつらしていた時・・・ 『睡眠状態では検閲作用が少し甘くなる』というフロイト先生/木田先生の教え通り、普段では考えつかないようなイメージが沸き上がって来た。

建築中の高層ビルの最上階の足場に立っている自分。 下からビル風が吹き上がっていて、足下は不安定。 それでも下を見ずにいられない自分がそこに居た。 ボーっとしている中、突然覚醒して、思わず身震い。 実は(というほど大胆な告白でもないのだが)高所恐怖症の気が有り高い所のイメージは苦手なのだ。 自由連想中も、この高所に絡むものはなかったと記憶している。 相当精神的に追いつめられていることをこれで痛感する。 その後は、本能が命ずるままに、自分のバランスを維持するために必要と思われる超現実的な打開策を講じ始めた。

普通何か対策を練る時には、素案をイメージしてから必ず数日は寝かせてある程度熟成させるように心がけてはいるのだが、緊急事態ということで、これむ已むなしとする。 しかし、未だこれが正解なのかどうかはわからない、というのが現状。

こんな状態は滅多にないのだが、こんな時にも心の支えになるのが精神分析。 縁があったとはいえ、勉強をしていた良かった。 こんな駄文を書く程度までは元気も回復したのだから。 木田先生にあらためて感謝。 見捨てないでいてくれる相方にも感謝。 そしてもちろん猫達にも感謝。 それから忘れちゃいけない愛息(今日は愚息とか同居人とかは書かない。 書けるほど気持ちに余裕がない)にも心から感謝。 

どうやら一人では生きて行けないタイプのようだ・・・私は。

そうそう木田先生繋がりでもう一つ。

先生が亡くなられて早一年。 今週末に先生のお宅にお邪魔して本を頂くことになった。 所謂形見分けということなのだろうが、これもちょっと自分らしくない感じ。 先生がお亡くなりになっても、心の中にはいつもいらっしゃるので、困った時にはいつでも相談できる感じがしているから。 ただ、先生の弟子として、やたら念仏を唱えるようには語りかけてはいないが。 自分の座右の銘は、“念仏を唱えるだけでは彼岸には渡れない(おまじない代わりにはしない)”と“伝家の宝刀は一度しか抜けない(やたら抜いたら、伝家の宝刀では無くなる)”だから。

「一生懸命、前向きに」

ということで、今年も(あるいは今年は)ゆっくり生きて行きまっしょい!

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火曜日, 1月 01, 2008

明けてしまった2008年

とうとう、2008年を迎えてしまった。

毎年思うのだが、日が沈んで、また昇って。 昨日の続きの今日なのだが、“新年”という響きが加わると、何か襟を正したくなる気がする。


というわけで、

あけましておめでとうございます。

今年はどんな年になるのだろう。

「なるようにしかならない」と大言壮語しながら、その実小心な私は、「なんとかしなければ・・・」と格闘している。 今年はそんなものから開放されたい。 いよいよ40台最後の年。 心赴くままに、にゃんずにまみれながらあらゆる煩悩から開放されてみたい。





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日曜日, 12月 16, 2007

あったか〜い

静かで平和な休みを満喫していたら、こんなプレゼントを頂戴した。

ありがとう。 
これで寒い冬もバッチリだ!

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金曜日, 11月 30, 2007

シクラメン

実家からシクラメンの鉢が送られて来た。

綺麗な濃いピンク。
父親も80を過ぎているのに、まだいろいろな所で気配りを見せてくれる。 ありがたいやら、申し訳ないやら・・・

たまには肩でも揉むか。

ありがとう。

今年はもろもろの事情でクリスマスができないから、次に会うのはきって新年会。
何かお返しをしなければいけないのだが、80年も生きているせいか何でも持っている。あ〜、何をあげれば良いか考えるのも悩ましい〜。

本当はひ孫を見れるのが一だろうが、これだけは私にもどうにもならないし・・・
息子よ、頑張れ!?

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土曜日, 11月 17, 2007

腰痛、激痛

昨日、朝起きたら立てない、歩けない、という超悲惨な状態に陥っていた。

所謂、ぎっくり腰と思いつつも、右足にもかすかな痺れが・・・

首だけでなく、腰もヘルニアになっている可能性が大で、ひとりパニクる。
仕事先には、お昼頃には出社する旨連絡。
とりあえず、一寝入りする。 次に目覚めたのはお昼近く。 症状一向緩和せず。 わがままを言って、相方にも仕事を休んでもらう。 

我々の寝ているベッドは10年以上使用しているため、スプリングが経たっているようで、激痛を抱えて寝返りや多少の移動が全くできない。 急遽息子の部屋のベッドを借りる。 彼のベッドは今年の引越の時に買い替えたばかり。 独身貴族のパワーに任せてかなり良いマットレスを別買した代物。

ちょっと普通じゃない神経科と思いつつも、痛みに耐えかねて勝手に仮眠させてもらう。
気のせいか、自分のよりずっと、ずっと寝心地が良い。 そして爆睡。 次に目が覚めたのは夕方。

トイレに行くのも、椅子に座るのもおっかなビックリで、そんな状態でやたら疲れた。 医者に行く余裕も全く無し。

あ〜、健全な生活を心がけなければ・・・

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月曜日, 11月 12, 2007

ちょっと言い訳、かなり言い訳

にゃんここみっくの作成は、Macのcomic lifeというソフトを使って行っている。

わたしのPCはMac Book。 

ということで、まず画面が小さい。

それから、こみっくのページをディスプレイサイズに合わせての表示としているため、

入力した文字も小さい。

そこにもって最近はニャンズのせりふ(あえてアフレコと呼びたい!!)が長くなってきているものだから、非常に見づらい。

おまけに最近老眼が快調に進んでいる。

こみっく作成中に案内猫のケル吉が私の「両手で自分を撫でろ」と迫ってケル、じゃなくて迫ってくる。

アイディアが泉のように沸いて来てキーボード入力が間に合わない。

おまけに、私は手が赤ちゃん手で、指が太くて短い。 つまりは華麗なるキータッチは夢のまた夢。

でもって、言葉リストを作成していない(表記とか言い回しとか、よく物書きの人が作る創作ノートみたいなヤツ)ので、表記もでたらめ、気分次第。 

写真あってのコミックのため、カメラマン役も行っている。創作意欲は高まりを見せるものの、「素材が足りない・・・、時間が足りない・・・ 嗚呼・・・・・・」

comic lifeで作成したものは*.tifファイルなのだが、それを一回i-photoに書き出して、それから*.jpegに変換して(ここで大幅に写真の画質が落ちる)、それから外部のアルバムにアップして、やっとブロガーにアップ。


こんな調子なので、誤字、脱字の修正は現在ほぼ不可能。 いつか、作成に専念できる身分になるか、出版するか、長期の有給休暇のいずれかが実現した暁に一気に直したいと思っている。 


何せ、にゃんここみっくって、カバーページも無いもんね・・・


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金曜日, 11月 02, 2007

失せ物(まだ見つからない!)

にゃんこハウスに引っ越して早6ヶ月。

あわただしい生活もとりあえず落ち着き、家に居るのが至上の幸せと感じる今日この頃。
ふわ~っと暮らしている中、大事な事にハタと気が付いた。

引っ越す時にどこかにしまいこんだお気に入りのネックレス数本がまだ出てこないのだ!

引越しの荷物を解いている時にふっと頭の片隅をよぎったのだが、「そのうち出てくるだろう」なんてノリでコロっと忘れてしまっていた。 情けなさ過ぎる。 失くして見てどれぐらい大事なのかあらためて思い知らせれた。
にゃんこハウスへの引越しは計2回 。 昨年の8月に大量の本を倉庫に移し、今年の5月にマンションの荷物と倉庫に預けた本を移動。
どちらかの梱包の際に自分でしまったのだとは思うけど、とにかく行方不明・・・
先週の週末は、地下室にもぐり、未開封の本用段ボールを疲れ果てるまで開けたりしてチェック! ただ、180箱ぐらいあるので、全部をくまなくチェックというわけには行かない。 おまけに地下室の天井高は140cm。 頭を強打すること両手では数えるだけでは間に合わない。 夜中まで作業していたら、階上では猫たちが運動会を開催していた。 頭を打って昏倒しても、この分だと発見されるのは早くて次の日の朝ぐらいだろうかと憂鬱な気持ちになる。 
それでもブランド名をブツブツ唱えながら、焦点の定まらない目で箱のは中身をチェック。 

やっぱり見つからない!!! あぁ~、ほとんどセールで買ったネックレスとは言え、かなりショック!

物持ちすぎなのも一因、ちゃんと管理しないのが敗因! わかっちゃいるけど、今日になってもまだ未練が・・・

昨日相方に「まだ見つからない・・・」とこぼしたら、「まだ探していたの?」と驚かれてしまった。 

嗚呼、孤独なり買い物番長。 

「力尽き、我が身の気質のろいつつ、空しさの中に曙を見る」 by好奇僧妻

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木曜日, 8月 23, 2007

山口 小夜子 氏


私の数少ないあこがれの人、山口小夜子さんが8月14日に亡くなった。

この人が資生堂のCMに出たのを見た時の衝撃には凄いものがあった。
きっと、彼女がきっかけになったのだと思うが、16歳位から20年近くおかっぱ頭がわたしの定番ヘアスタイルとなった。

メディアで見ただけだったら、ここまであこがれも募らなかったのだと思うが、今を遡ること30年ほど前に、実は“生”山口小夜子氏を銀座の帝国ホテルの前で見ている。 距離にすれば数十メートル手前から、オーラを後光のように身に纏い、一人で向かって歩いてくるのを見た。晩秋か初冬の頃だったと思う。 あまりの美しさに、立ち止まって見入ってしまった記憶がある。

本当に素敵としか表現しようがない人だった。
今も変わらずわたしの憧れの人。

合掌

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水曜日, 8月 22, 2007

夏休み

まだ夏休みが取れていない。


歳のせいか、疲れが取れない。
車はぶつけてしまうし(それも単純にバックしていて、車止めの低い支柱を目で確認していながら、意識していなかったという、どうしようもないドジ)、何かぼろぼろ。

仕事も今の会社でとうとう在籍7年目を迎えてしまったし・・・

夏休みを取ればこの脱力感から抜けられるのかな〜

トホホな夏・・・・

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月曜日, 6月 11, 2007

本当にあった怖い話

あまりに怖い思いをしたので、書いとく。
この怖さが薄れて、無防備にならないためにも。

今日は、会社を出たのが夜の8:00頃。 家の在る駅に着いたのが、21:30近く。 家への最短距離の道を何時ものように歩いていると、後ろから車が追い越していった。 車はすぐ先の小道を右に曲がり停止。 もうここで胸騒ぎ。 何せ街灯が無い! 「もしかして、ヤバイかも」。 次の瞬間予感的中! 車か若そうな青年が火のついたタバコを手に降りてきて、「時間ありますか?」 

敬語で話しかけてきた。 曰く、「駅で見かけてきれいな人だなと思って」とか、「結婚しているんですか?」とか「浮気とかしないんですか?」とか話しかけてきた。 ひとつひとつの質問に、「50歳近い年寄りだ」とか「そんなエネルギー無い」とか、「貴方くらいの子供がいるおばさんだ」とか説明。 狭い道の両端からの会話。 話すこと数分だったかと思うが、思ったのは「殺される時って、こんな流れかもしれない・・・」ということ。

この歳ぐらいになって暗い夜道を歩いていて思うことは、「バッグひったくられないようにしよう」ぐらい。 今回の事例を"ナンパ"と言うのかどうかは定かではないが、冗談抜きで本当に怖かった。 「この地に引っ越してこなければ良かった」とは全く思わなかったが、「もうこの道は夜は使えない」としみじみ思う。

本当に怖かった・・・

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日曜日, 3月 11, 2007

Comic Life を作ってみた

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木曜日, 3月 08, 2007

ブログは何がいいか

諸般の事情により、泣く泣くBloggerからお引っ越しをすることを検討。
メジャーな2社ほどを試したが、どちらも帯に短し、襷に流し。

慣れとは恐ろしいものである。
2005年の1月に“Hyper NIKKI System”からお引っ越し。
故にBloggerでの日記は正確には、『カウンセリングしんどろーむ(Part2)』となる。

「いよいよPart3の作成か!・・・」と意をけっしたものの、元来の根性無しの性格がすぐ頭角を顕し・・・
ということで、やっぱりBlogger。 Blogger万歳!!

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木曜日, 11月 23, 2006

弱さと強さ

今日は用事があって出社した。
年のせいかくたびれながらの出社。

自分が仕事で関わっている人達の成果を見学した。
いつも仕事をしながら思うこと。
「もっと積極的に自分を打ち出すべきかな?」
でもいつも自分の中の声がささやく。 自分が自分であることが大事。 前に進む馬力がないならそれもいいじゃないか、と・・・

知っている人でいつも闘争的といっていいほど前進している人がいる。 その人のことをよく知らない人は、『凄いパワーで前向きなひとだね』と高い評価をしている。 私はというと、その人を見ているとマグロを思い出す。 なぜマグロかというと、回遊していないと生きて行けないから。 つまりは、立ち止まることが出来ない。 一つの側面から見れば、エネルギッシュで凄いかもしれない。 でも、違った角度で見ると、湧き出るエネルギーに翻弄されているようにさえ見える。

このようなタイプの人は一般的に“強い人”と言われるみたい。 では“弱い人”とは、というと反対のタイプの人達なのであろうか? 

最近知り合いになった人が、「動きたいのに動けない、誰かが背中を押してくれれば一歩踏み出すことができるかも。 でも時として戻ってきてしまう場合も」という感じのことを記していた。 これを読んで、我が息子が中学になった時のことを思い出した。 中一の中間や期末試験の度に、彼はソファに転がり涙ぐんでいた。(無事成人して社会人になった今、こんなことを書くのは彼の名誉(?)に関わる気もするが・・・ ただ、凄く僭越だと自覚しているが、どうしてもその知人に自分の気持ちを伝えたい気がして。 ごめんよ我が息子)

息子:「やらなきゃ(試験勉強)いけないのは分かっているけど、どうしても出来ない・・・(涙)」
私:「いいさ。 きっと今は心が石みたいになっているのよ。 ママもそうだったもの。 この歳になった今もそうだもの」

彼との会話の一部分だけ抜粋して書いていると凄く変な会話にしか読めないと思う。 こんな会話をかわしながら、わたしは彼が立って歩くための足が石になってしまったのだと感じた。 上半身は前に進もうともがきながら、下半身が動かない、だから動けない。 動けない彼の気持ち、痛いほど良く分かる気がした。 

昔、登校拒否の子の治療をしていた時に思ったことがある。 登校拒否の状態って、綱渡りの綱にかろうじてぶら下がっている状態みたいだと。 落ちてしまえば楽になるのに、と。 つまり、開き直って不良少年になってしまえば、居場所があるかもしれないのに、登校拒否であるために、自責の念に捕われ、友達の目を気にして・・・解放されない状態。 あるべき姿と信じている自分の理想とそれに近づけないジレンマの狭間で、責め苦を負っているように感じた。

前に進むこと、これが理想の姿と誰が決めたのだろう? 理想とされている人達が回す世間。 それが今のひずみを生んでいる気がする。 静かに生きることも有りのはず。 生きて行くこと自体が前に進むこと。 ゆっくりでも良いはずだ。 弱いと定義する人がいるならそれもよし。 勝手に定義してればいいのだ。 強いと思われている人ほど、弱く、「自分は強い」と念仏を唱えていることもしばしば。 弱くても、強くても、なんでもいい。 自分の中に少しだけでも気に入れる部分があったり、自分を気にかけてくれる人がいるなら十分なのかもしれない。

「自分がこうだったら・・・」と夢想することもある。 でも自分の気に入らない部分を書き換えたら、今の自分は居なくなる。 あるいはひとす書き換えたら、次はこれも、あれも、となる気もする。 きりがない。 それだったら、今の自分と折り合いをつけるのが一番かもしれない。

書いているうちに支離滅裂になってしまったが、自分に対しては「あるがまま」相手に対しては「君の存在に感謝」。 これがここ何十年かの私の念仏となっている。

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日曜日, 11月 19, 2006

木田先生へ

木田先生の最後の勉強会から早一ヶ月。 

先生は勉強会の3日後に某病院に入院なさった。
先生は写真嫌い。 でも最後の勉強会では大奮発で痛みをガマンなさってカメラに笑いかけてくださった。 先生ありがとう。 出来の悪い子分ですみません。 親子3代お世話になりました。 
ゆっくり体を休めてください。

先生との約束通り、どこに入院されたのかは聞きません。お見舞いに行かないことになりますが、許してください。 先生に足掛け30年に渡り教えていただいたこと、相談にのっていただいたこと、いつまでも心に留めて、自然な生き方で生きて行きます。

50代の頃から、「早く引退したいの」とおっしゃっていた先生。 先生主催の全ての勉強会は終わりました。 どうぞゆっくりしてください。

由加里

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土曜日, 11月 18, 2006

祝復活!!

五代目のサーバーを立ち上げて全てが復活。
作成者に言わせると、歴代最強だそうな。

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金曜日, 9月 01, 2006

子猫殺しに関するまとめサイト

今や社会的に問題になっている子猫殺しに関する記事。
明日時間を取ってきちんと読んでみよう。

鬼畜猫殺し坂東眞砂子」 (2ちゃんねるのまとめサイト)

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火曜日, 8月 22, 2006

子猫に関する嫌で信じられないエッセイ

最近は殺伐な事件が多いが、こんな嫌な話も耳に入ってきた。

小説「死国」の作家である坂東眞砂子(氏)の猫に関するエッセイ。何でこんなことになるの? 避妊と赤ちゃん猫殺し。同じ猫を飼っている者としては信じられない発想。

何をどうすると、こんな屁理屈が成り立つのだろう?朝からとんでもなく不愉快な話!「社会的な責任として子殺しを選択した」って、何だ。外国に住んでいると何でも有りか?!やっていることも酷いし、「世間に糾弾されるかもしれない」とか前置きしながらエッセイにする神経も凄い。『糾弾』されるかも、って、されないわけないじゃん!言葉の意味わかってんのか?エッセイ読むと何か、堂々としていて、主張さえしている感じ。確信犯だよね。あ〜、ここにもパラノイヤー・・・

全文は「きっこの日記」に掲載されている。

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火曜日, 8月 02, 2005

お誕生日

おめでとう。四半世紀前に君が生まれた日、生まれた時間。
今は遠い昔。

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月曜日, 8月 01, 2005

歯を抜く

かねてより口の中の問題児だった親不知を抜く。 左下の一番奥の歯のそのまた奥に横向きに生えていた。 おまけに奥歯を圧迫していて、風邪などひいた日に は歯痛までして大変痛い思いをさせてくれたものだった。 親不知が奥歯にストレート・パンチを叩き込んでいる形状だったので、奥歯の側面にでっかい虫歯も できている。 とにかく「えぐり込むように打つべし!」状態からはやっと開放されたものの、今から顔が腫れると思うと憂鬱。

抜歯のために久しぶりに麻酔もされたのだが、心臓がバクバクして、これまた辛かった。
親不知はこの一本のみだったので、これが最初で最後の体験。

今日からちゃんと歯を磨こう。>心に固く誓う

追記:ダバコを吸うと、吸い込む力で縫合した部分が出血するみたい。 今日はタバコもお預けか・・・とほほ

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土曜日, 7月 30, 2005

RX-8 リコールされる

今日ディーラーから電話を貰った。 メーカーの方から案内があるようにRX-8に不具合予防処置をする必要が生じたとのこと。
トホホ・・・ 「ハガキには調整に約1時間かかると書かれているが、夏場なのでマフラーが冷める時間を考慮すると3時間ほどかかります」とのご託宣。
この際だからと、リヤバンパーの取替えと、オイル交換も依頼。
かくしてタチコマ号は1週間ほど入院することとなりました。

考えてみるとこの間は、レイトショーにいけなくなるではないか! 代車頼むか? 命には代えられないし。 苦渋の選択、映画か不具合処理か!! これが逆境だ!!

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金曜日, 4月 08, 2005

さよならプレッソ

3 年半前都下某所のマツダの中古車センターで一目ぼれして買ったユーノス・プレッソ。1,500CCだったけど2人で乗るのには十分だった。いつのまにか 3人になり、総体重が210Kg位になって、アクセルを床まで目一杯踏み込んでも上り坂が苦しそうだった。ゴメンね、重くて。4万数千キロで買って、3年 半で7万5千キロ。走行距離が伸びたのは現在の場所に引っ越してから。擦り傷ができたのも引っ越してから。立体駐車場の柱にかすって痛い思いをさせてし まつた。 


RX-8に買い換えるのにディーラーで「値段付けられないけど、特別に1,000円で下取りします。」と言われてしまったプ レッソ。もっと綺麗に 乗れば良かった。今日ディーラーまで 持っていくのに、最後の洗車もしなかっ た。花粉(?)と周辺の人参畑の埃にまみれたまま連れて行った。ごめん・・・、 でもプレッソで良かった。とっても気に入っていた車。前オーナーもとても大事に乗っていたようで、具合が悪くなることも無くいい時間を過ごさせてもらっ た。何となく寂しい。これって、「対象喪失」なんだろうな。何となく気持ちが落ち着かない。

あらためて、「大好きだったよ、ユーノス・プ レッソ!さよなら」。これって、何となく彼氏と別れる気分に似ている気がする。別れなのか、関係の卒業なの か。あらためて、彼女(車はやはり彼女だろうか・・・)の包容力にありがとう。色んな思い出が一杯。でもよく思い出せない。心が揺れる。廃車になってしま うと思うと余計に複雑。短いあいだだったけど、本当にありがとう、さよなら。



パグのぬいぐるみ、プレッソ君。ずっと乗せていたら色褪せしちゃった。ずっと車生活だったから、今の家に入るのは初めて。気に入ってくれると良いのだが。Pressoと刺繍されている、カラカラの枕と一緒に最初で最後の記念撮影。



こ のボディラインに一目ぼれしたんだナ~、本当に。考えてみると、試乗 もしないで即決購入。ローン組んだ時、 「払えるかな~」なんて心細くもなったりし たっけ。今考えてみると本当にオドオドする要素が一杯あったように思う。購入金額にしたって、400CCのバイクより安かったのに。何となく結婚する時の 気分に似ていた気がする。新しいパートナーに命預けて(ちょっとオーバーかも)。ではRX-8とは二度目の結婚になるのか。しかし基本的な好みって変わら ないのだなとあらためて納得。画像を並べると、やっぱり似ている、ボディのラインが。同系列ということでしょうかね。

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金曜日, 3月 25, 2005

「カウンセラーになりたい君に」-知人のメールに対する返信-

お久しぶりです。 ○○さんもお元気ですか? -一部割愛- さて、お問い合わせのカウンセラーの件に関しご連絡します。 私の持っているカウンセラーの資格は、「○○カウンセラー」というもので、○○カウンセリング○○で取得しました。 9ヶ月のコースで、隔週1回づつで教室に通い、 9ヶ月後に○○カウンセラー認定試験を受験するというものでした。現在は、カウンセラーも「○○」だの「△△」だのと志向性が多くなり、何が一番安心できるのか良くわかりません。 個人的には、臨床心理療法士とカウンセラーは似て非なるものと考えています。 最終的に臨床心理士を目指すのであれば、そちらの方を最初から目指した方がいい気もします。私は、大学を中退してしまい、受験資格を持っていませんが、カウンセラーを取ってからという遠回りをしないで良いのなら、直線距離を進むのがベストかと思います。 臨床心理士なる資格も、昔□□教育研究所にいらした故○○氏(後、○○大教授)が中心となり作ったものです。実は、この○○氏は、年齢は私より上ですが、私の後に私と同じ師匠に教育分析(フロイトの提唱した精神分析の技法で、治療者になる人間は必ずこの技法により自分の中の問題を整理するべきとしている)を受けた方です。私の師匠の木田恵子女史は、オーストリアに居たフロイト医博の元に行き、フロイトの高弟(フロイトが既にガンで病床にあったため)に教育分析を受け、日本に精神分析を紹介、日本精神分析学会を設立した古澤平作医博の直弟子です。弟弟子で、小此木啓吾氏が非常に有名なのではないでしょうか? 84歳になられる今も、東京の中野で月1回勉強会(というか座談会)を開かれています。私の母が多数の神経症を持ち、いろいろな病院の精神科に行ってもよくならず、最後にご縁があって木田先生の治療を約7年に渡り受けました。 その途中、私が高ニの二月の時に先生の下に師事してからのお付き合いとなります。早い物で25年以上となります。私の場合は、自閉症、登校拒否の子の治療者を3年ほど行い、その後出産して、自分の夢からはかけ離れた生き方をしています。現在までカウンセリングは会社で活用することはあっても、カウンセリングだけで生活をしたことはありません。 どのような方を対象としてのカウンセラーになるかも重要ですが、まづ、自分の生育歴、無意識の中の未生怨の整理をすることが一番かと思います。カウンセラーとして仕事をする際にの一番のポイントは、家庭と仕事のバランスをどうするかということに尽きるかと思います。深夜等の時間にクライアントから連絡があった場合、それも含め自分がカウンセラーとして相手を受容していくだけの心積もりがあるか、クライアントが自殺等をほのめかした際などなど、かなり厳しいシチュエーションも考えられます。ご主人と、ご子息の理解、特にまだ成長過程にあるご子息と自分自身の関係がどう変わるのか、どう新たな関係を作るのかの熟慮も必要でしょう。 カウンセラー、臨床心理士という職業は、人様の心の中に立ち入る、あるいはお邪魔をする仕事です。言ってしまえば究極の「覗き」ともいえます。覗きを覗きとしてでは無く、クライアントが再度自分が自分であることを良しと感じられるようなるためのお手伝いをする気持ちがあるか、多分ここがポイントです。 ご自分が何故カウンセラー、あるいは臨床心理士を目指すのか、その整理をはっきりしてから歩き出すのが良いと思います。「溺れる者、藁をも掴む」の例えどおり、クライアントは苦しい分、セラピスト/カウンセラーをその苦しみに引きずり込む負のパワーを持っています。合わないと思って途中でそのケースを投げ出す事は人間として、治療者としては厳禁です。 取り留めなく、やたら長くなってしまい申しわけありません。最後に自分の経験を書けば、木田先生に出会って分析を勉強したことの最高のことは、先祖から母を経由して私に引き継がれた、負の遺産を息子に負わせることを避けられたこと、この一言に尽きると思います。連綿と続いた精神的負の遺産が多少なりとも軽減され、同じ悲しみや苦しみを子供が追体験しないで済んだこと。母親としての本来のあり方から大きく逸脱しないで済んだ、本当に良かったと思います。そして、おまけで、自分が自分の生を全うして行くのに役にたっているということもあげられます。 どの分野のカウンセラーを目指すにしても、現実と理想に図りしれないギャップがあることは確かです。 何のアドバイスにもならないけど、ご健闘お祈りします。

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