木曜日, 12月 10, 2009

更年期

昨日久しぶりに(といってもそんなに間が開いていたわけではないが)、仕事で一緒だった友達と会ってきた。

お互い40を過ぎ、あるいは50あたりをウロウロするような年齢になると、どうもグチが多くなってくる。

彼女の方はむしろ前向きなのだが、私自身が現在超後ろ向き。

その理由の一つに更年期を入れている、今日この頃。

更年期だろう・・・と推測するに至る根拠:

その1: 寝ると時に布団を掛けるものの、5分もすると体内から発火(ちと大げさ)するような熱さを感じ、布団を剥いで全身が冷たくなるほどクールダウン。 体が冷え切ってから眠りに着く状態。

その2: 何かわからないけど猜疑心が強くなった気が・・・

1.の方はまだ風邪を引く可能性の問題なような気がするのだが、2.は始末が悪い。
妄想なのか、もともとの性格的なものなのか、判断が着かないのが現状。

“初老期の鬱病”という表現があるのだが、初老を迎える頃というのは、体だけでなく、心も多少アンバランスになるようで。 多少なら良いのだが、そこに外的な要因も加わると、グラグラ度が増すようで。

最近は、自分との戦いに日夜奮闘している感あり。

そんな中、所謂サブリメイトという概念になるのだろうが、はまっているバンドが“犬神サーカス団”。
まあ、はじめてフル・アルバムを聴いた時には、「ここまで歌詞で表現するか!」というほどドロドロだったわけだが・・・

聴けば、聴くほど、惹き込まれていく。 人間の真理の一面をずばり突いているのだろう、少なくとも私にはジャスト・ミート! まさしくツボにハマッタとはこのこと。

さて、、毎年のことではあるが、今年も無事に年末年始を乗り切れるだろうか?
毎年、この時期は行き場の無くなったエネルギーが自分に向かってくるんだよね。
しんどい季節をまた迎えるのか・・・ あ~、あ・・・

でも、そう言えば、ニュー相方が現れて、かつ猫家族が出来てからは年末年始に落ち込むのとはご縁が無くなっているかも。

やっぱり、たまには気持ちを活字にしてみないといけないなorz

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水曜日, 12月 10, 2008

最近、やる気モードが限りなくゼロに近い状態。

映画や猫関連のことだけは結構まめにしているけれど、後はかなり適当。
「ほころびが出ない程度に、そつなく」ってな感じかな・・・

本は相変わらずかなり読んでいるのだが、感想もロクにアップしていない。

つい最近まで嵌っていたのが今野敏もの。
“樋口顕シリーズ”と“隠蔽シリーズ”に見事に嵌ってしまった。 これは、なかなかおすすめかも。

ちょっと休憩ということで 、今は“戦前の少年犯罪” を読んでいるのだが、これがまた中々良い。 

良いという表現が正しいのかどうかは不明だが、少なくとも興味深いことは確か。
『人は往々にして自分の良いように記憶を書き換える』という言葉があるが、あらためてそうだなと思ってしまった。 戦前もドロドロじゃないか。 戦争という大きな悲劇があったから、あたかも全ての事柄がそれにより引き起こされた、変化した風に唱えているが、実際は違うようだ。

そりゃ〜、冷静に考えてみれば、突然変異的に人間関係が変化するなんてことは無いだろうし。 自分も思い込み、すり替えをしていたのかと考えると、かなりぞっとする。

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日曜日, 8月 10, 2008

木田会 -木田先生の本を読む会- (お知らせです)

木田先生がご逝去されてから、早1年半。

先生は読書会を30年以上ご自宅で開いていらっしゃいました。

お亡くなりになってしまわれ、真似事にしかならないが先生がなさっていたことを有志四人で続けようということとなり、今年の4月から月一回のペースで都内にて読書会を開催しています。

もともとは先生が知識とか何とかよりも、話したいことを話せる場になればとはじめられた読書会。 その一部でも続けて行ければと考えています。 そんな会ですが、ご興味お持ちいただけましたら、どなたでも参加可能です。 開催日は毎月第三土曜日、14:00からです。

今は先生の『子どもの心をどうひらくか』を一章づつ読み進めています。

以下は連絡先が判る皆様に出しましたメールの案内です。
 

木田先生の〈やさしい精神分析〉三部作㈰『子供の心をどうひらくか』から読み進めて、フリートークを致します。

どなたでも単発でご参加頂けますが、休会になる場合もございますので、初めて参加される際にはご一報下さい。

開催日:毎月第三土曜日午後2時~5時 

場所:千代田区九段南 市ヶ谷駅徒歩3分 

会費:1回1500円 (場所をお借りしているので、“場所代”に充当させていただいております。


(住所等一部伏せさせていただきました。 ご参加希望の方は、本ブログ宛 にご連絡ください。 詳細折り返しご連絡させていただきます)

本来は、きちっとホームページを立ち上げる等するべきなのですが、いかんせんPC担当の私が怠惰なため、今日に至るも何もしていない状態です。 (申し訳ございません)

先生の子分のような状態で30数年。 他の発起人が先生から学んだこと、伺ったこと、私自身や私の子育ての際に先生から戴いたアドバイス等、先生が残された言葉やアドバイスを少しでも参加される方達にお伝えすることが出来ればと思います。

個人の稚拙なHPでご案内させていただくこと、お許しください。

遠藤ゆかり

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金曜日, 8月 08, 2008

本 毒になる親

後日加筆予定(って、そればっかり・・・最近は)

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水曜日, 8月 06, 2008

今週考え込んでしまったこと・・・

そう、今週は諸々あった。自分の家のことも、よそ様のことでも。

生きるってなんだろう。

今年の3月と4月に産まれたニャンズの子供達。小さな命が数日しか続かなかった子達。虹の橋を渡って行った。午後に庭に出た。 虹の橋の入り口に生えた雑草。庭の草むしりをしながらあらためて、彼らのことを思い出した。 皆、元気に暮らしているよ! ベストを尽くせなくてごめんね!

いつもお邪魔する大好きなブログにも胸が辛くなる記事が載っていた。 猫さんのこと。 やっとゆったり生活でえきるかと思ったら、病気のキャリアーだということがわかったらしい。 でも一緒に住んでいるお父さんとお母さん(もちろん人間の話)の考え方が素晴らしい。 "病気が発症する可能性はあるかもしれないけど、だから、どうした。 それでも彼は彼"。 自分にもそんな力強さがあるのか、ふと考えさせられた。 

親が体調を崩して入院していた。 病院に入ってもう2ヶ月経っていたらしい。直ぐ行ける距離なのに、2ヶ月も知らなかった。 心配させたくなかったらしいのだが・・・ 別に親と仲悪いわけでもないし、それなりに親密なんだけど・・・ ポちっと疎外感。 心がちょっぴり痛い。 80超えているから、動揺はないのだけど。 親と娘ってこんなもんなんかいな? 

姉のところの犬さんの体調も今一。 こちらもご老体。 いくつになっても子どもみたいな子なのだけど、体だけは年を重ねることに正直。 

みんな長生きしてくれれば良いのだが、生きることが辛くなってっしまったら、本当はどちらが良いのだろう。 だから、誰にも"ガンバレ!"なんて言わない。 生きることで十分頑張っているから、"病気に負けるな"、"仕事がんばれ!"、などなど、世の中どこまでガンバレばいいのか?

だいたいガンバレなんて掛け声かけなきゃいけない状況ってなんだ? "一生懸命生きてもいいや"って思えるような育ち方してないと、なかなか前向きには生きられない。 これがフロイトの言う『生のエネルギー』。 でも体の細胞が死んでいくという事実にあるように『死のエネルギー』もある。 このバランスのあり方が重要なのだろう。 如何に生きるか、は、如何に死を迎えるかということでもあるのかも知れない。

人生半分以上過ぎたし、そろそろ心を豊かにして毎日を過ごすように心がけなければ。
長生きすることは、密度の濃い人生と必ずしも同義ではないのだろうから。
なるようになる。 所詮なるようにしかならない。 たゆたう日々を送りたいな~

そうそう、恩師木田先生がよくおっしゃっていたフレーズ:

『災難に逢う時節には、災難に逢うがよく候。 
死ぬ時節には、死ぬがよく候。 
是ハこれ災難をのがるる妙法にて候』


「良寛」(水上勉/中公文庫)より

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金曜日, 4月 18, 2008

ある生き物の記録 - 人間編 -

人間凹んで居る時は、誰かに声をかけて欲しいものらしい。

もちろん、本音を打ち明けられないような人に声がけをされても迷惑なのだが・・・

最近は、気持ちが凹むことはあっても、「よし頑張るぞ!」という気力は、なかなか沸かない。
「こんなことではいかん」という気持ちが実は、余計に自分自身を奈落の底に突き落とす。

こんな時にどうしたいかというと、「膝を抱えて胎児のように丸くなって、眠り続けたい」。
が、現実はメタボなお腹が邪魔して、膝さえも抱えられない。 つまりは、結果として我とわが身を労わるという体裁が取れない。
仕事を辞めて、自然と共生、なんてことも夢想するものの、現実の生活事情から逃れられない。
この繰り返しで、奈落の底に落ちていく。 落ちて、無気力になっていき、感情が低周波を受けたよな感じでさざ波だつ。 
ひとつの抑鬱状態の表れ。 

さて、上記のような状態になったらどうするか?

これが今の現実的課題。

多少物事を整理すると以下のようになる。
  • 仕事を替える: いい点は、新規一転仕切り直し。 不安な点:現実次が見つかるのか?
  • 自分を見つめなおした結果: 疲れた、もうたくさん、歳をとっても、人は楽にならない、・・・
  • 日常からの脱出: これは旅行という形を取ってうまく行ったのだが、このまま永遠に離脱したい思いに駈られてしまった
  • 自分不要説: 「自分要らないのでは」症候群(これは、産後の赤ん坊時代の生育歴にある

現在の対応方法:

  • 可能な限り怠惰でいられる状況をつくる
  • 自分を(嫌だけど)見つめなおす: これ結構苦痛。 苦痛だけど、思考を飛ばしているうちに、引っかかってくるものあり
  • 周りに何も求めない: 誠意とか誠実とかいうものは特に! 自分の尺度は、人に当てはめない。 当てはめるとよけい落ち込みむ。 つまりは、「自分の常識は、人の常識ではない」ということ。 別の言い方をすれば、「自分にとっての非常識は、人にとっては問題無し!」ということ。 orz
  • 休みは大事に: 基本、何もしない。 ゴロゴロして猫まみれになること。 (動物が好きな人には癒しの時間)
  • 無計画に: 計画や時間に追われる生活は大敵! 休みの時は、グータラに。
  • 励まし: これは禁句! このような状況の時には、人に励まされるのも、人を励ますのも厳禁(ほっといてくれ!!!)

人間も生きるのには辛いことが多いこの頃。

仕事辞めますか?人間辞めますか?

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日曜日, 2月 24, 2008

春の嵐

昨日、春一番が吹いた。
といこうとは、今日の風は春二番と呼ぶべきか。

外の天気と同じで、今日は心もバラバラな感じ。 “ちちに乱れ”とでも言えば良いのか。

あー、この日記にも秘密交換日記機能があれば・・・ 思いっきり書きたいこと書けるのに。
本を読む気にもなれない。 昼寝して多少はましになったものの、まるで人生がここで終わってしまうかも知れないような不安。 

あー、すっきりしない。 このもやもやは何だろう。
(って、もやもやの原因はわかっているのだけど・・・ あー思いっきり悪口が言いたい!!)

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土曜日, 1月 26, 2008

木田先生のお宅にお邪魔

本日予定通り、都内の木田先生のお家にお邪魔した。

先生の最後の読書会以来だから1年数ヶ月ぶり。
お宅は何もなかったように、時の流れを感じさせないままに佇んでいた。

いつも読書会が開かれていた部屋に入る。 同じように先生を偲んで来訪された方が二名と先生の二番目のお嬢様がいらした。 実は先生とは30年以上のお付き合いなのだが、先生のお嬢様にお会いするのは初めて。 先生が如何に来訪者同士や家人の方と顔を合わせないようにスケジュールを組まれていたかを痛感した。

部屋に入ると、そこに新たにご仏壇と戦争で亡くなった先生のお兄様、27年前に事故で無くなられた長男木田高介氏の写真が飾られていた。 お線香をあげ、しばし手を合わせた。

しばし8人で雑談をし、先生の書籍を拝見する。

フロイト選集と先生ご自身の著作を除いて「お好きな本をお持ちください」という言葉を頂戴して、あらためて本を眺める。 二十数年前、月一回ぐらい赤ん坊だった我が息子を見せに行ったものだった。 お邪魔すると、息子は先生の本を片っ端から者棚から落とし、置いてあるエレクトーンの上を徘徊したものだった。 そんな時、先生はいつも目を細め微笑みながらその光景を眺めていらした。 まるで、昨日のことのように思い出す懐かしい光景。

お邪魔するまでは、“先生は私の中に確かに息づいている”という思いだったので、先生の書籍を頂戴するつもりは無かったのだが、本棚を眺めているうちに、やはり頂戴していこうという思いにかられ、結構な数の本を戴いて来てしまった。

  • 『見えないアルバム』古澤頼雄著(古澤平作博士のご子息)
  • 『人間なるもの』K.メニンガー著
  • 『こわれたパーソナリティー』K.メニンガー著
  • 『精神分析用語辞典』ラプランシュ/ポンタリス著
  • 『現代精神分析1、2』小此木啓吾著(木田先生の弟弟子)
  • 『コミュニケーション不全症候群』中島梓著(『名探偵は精神分析がお好き』で木田先生と対談)
  • 『うぃー・あー・のっと・ざ・わーるど』きたやまおさむ著(高介氏の音楽仲間であり、阿邪世コンプレックスの関係で先生に原稿を依頼した関係。 私が二十数年前に精神分析学会に同行させていただいた時にお見かけてもいる)
  • その他:先生の自筆の覚え書き数点と先生愛用の点眼鏡一点
先生の遺品を形見分けしていただいてことに、何か後ろめたさを感じるのは何故だろう。 先生の存在を物質に置き換えてしまった気がするからだろうか・・・

-合掌-

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木曜日, 12月 20, 2007

絶不調!!

今日は仕事場に着いたときから鈍い頭痛に悩まされていた。
やることなすこと集中力に欠けていた。
昼食時には文庫本とお財布を抱え、逃げるように近くの喫茶店に駆け込んだ。

カレーライスを注文したものの、本当に食べたいのかもはっきりしない。
とりあえず煙草を一本吸うか、と思ったらカレーライスが目の前に運ばれて来てしまった。
明快な意思のないままにとりあえず食べた。
食べ終わってから、本を読み始めたものの2、3ページで睡魔に襲われ、そのまま喫茶店で午睡。

13:00ちょっと前に目が覚め仕事場に戻る。

午後からの必要最低限の仕事をこなし、ほっと一息。
ところが鈍痛は一向に止まず。

やり残していたデータの加工を行い、人と会って話をする。
わけの判らない雑務をこなし、19時頃に帰り支度を始める。
今日は相方が忘年会とのことで、帰路も一人かと思うと、急いで帰ろうという気が失せてしまった。

そこに仕事の件で人から電話が入った。
良く知っている相手だったこと、内容が若干面倒くさいことだったのと、朝からの不調で、みっともないことにキレてしまった。  相手は辛抱強く、我慢強いタイプだったので、逆ギレすることもなく、わたしの勘違いを根気よく正してくれた。 勘違いに気付いて、低姿勢で謝り倒す。 あ〜、こんな自分が情けない。

ぜぇぜぇ喘ぎながら、T駅に着いた。 特急に載って帰ろうという野望も30分待ちの表示を見て打ち砕かれ、混んでいる急行に乗る。 途中の駅で下車して向かい側の鈍行に乗り換える。 ただひたすら座りたかったため。 無事に座席を確保し、鈍行の終点で、また別の鈍行に乗り換え、家のある駅の3つ手前のT駅で降りる。

駅前にある吉野家で、牛丼の並とごぼうサラダ、お味噌汁を注文。 20時過ぎなのに店内は混んでいて、見知らぬ人と相席となる。 右斜め後ろの席にOLの先輩、後輩とおぼしき二人連れ。 一人は足を組んでハイヒールの靴を脱いでいる。 思わず『飯処で靴脱ぐな!』という思いが頭を駆け巡った。 『足臭くない!? 大丈夫?』と一人頭の中で自作自演。

食べ終わって、駅のスモーキングエリアで煙草を2本吸い、心の安定を取り戻す。

再び鈍行に乗り、我が家のある駅で降りる。

目の前を行く女の子が、わたしの今日着ていたコートと色違いのショート・コートを着ている。 『通販で買ったのかしら? 同じ仕事場の人か?』 などとあらぬ妄想を抱きながら背中を目で追う。 彼女はわたしとは反対の改札口に消える。

改札を出て、今日はもうグロッキーだから、タクシーで帰ろうかと逡巡するも、タクシー料金が値上がりしたのを思い出し断念。

いつもの暗い道を歩きながら、茶畑の暗い一本道までたどり着く。 『茶畑を抜けるとそこは我が家』、などとくだらないパロディを思い浮かべながら、また『ニャンズは元気かな、遅くなってごめん!』などと考えながら道の半ばまで。

その時、そこを歩いているのは自分一人ではない錯覚にとらわれ、突然後ろを振り向いた。 普段は、冥界のハーディス王が居そうなので、絶対に振り向かない用にしているのだが。 そしたら本当に5、6歩後ろに人が居た!!  
どえらくびっくりしたのと、怖かった!!

とりあえず、その見知らぬ若めの男性を先に行かせようと歩調をゆっくりとしたものの、相手はこちらと同じスピードで歩くではないか。 『怖い!!』と思い、どうやり過ごそうか瞬間躊躇していたら、「M町はこっちの方ですか?」と唐突に聞いて来た。 「ええ、このあたりです」と言ったら、「そうですか・・・」と冥界の道を、元来た方に戻っていった。 何か変な気がして、後ろを振り返り、振り返り茶畑を抜けた。 抜けるまでの間、携帯で110番を入力、いつでも発信できる体勢にし、抜けてから、外灯の脇を歩きながら相方に電話。 怖かった旨の報告をし、明日からは遠回りだけど表通りから帰ることを心に誓う。

はじまりの悪い日は、バッドエンディングになるという見本のような一日であった。

あ〜、疲れた。
今日はもうお風呂に入らず寝てしまおう。

明日は、もう少しまともな一日でありますように。


しかし、カウンセラーを標榜する人間が、自分の心のバランスも保てないとは、これ自己嫌悪の何者でもないな・・・orz

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金曜日, 8月 31, 2007

勝者と敗者の違い

他所様のブログで久方ぶりに感動した記事。

納得される方も多いのでは・・・(こういう人って結構身近にいるよね・・・)

勝者と敗者の違い

The Big Difference between Winner and Loser」という記事がありました。 面白かったです。

  • 勝者は間違ったときには「私が間違っていた」と言う。
    敗者は「私のせいではない」と言う。
  • 勝者は勝因は「運が良かった」と言う。例え運ではなかったとしても。
    敗者は敗因を「運が悪かった」と言う。でも、運が原因ではない。
  • 勝者は敗者よりも勤勉に働く。しかも時間は敗者より多い。
    敗者はいつでも忙しい。文句を言うのに忙しい。
  • 勝者は問題を真っ直ぐ通り抜ける。
    敗者は問題の周りをグルグル回る。
  • 勝者は償いによって謝意を示す。
    敗者は謝罪をするが同じ間違いを繰り返す。
  • 勝者は戦うべきところと妥協すべきところを心得ている。
    敗者は妥協すべきでないところで妥協し、戦う価値がない所で戦う。
  • 勝者は「自分はまだまだです」と言う。
    敗者は自分より劣るものを見下す。
  • 勝者は自分より勝るものに敬意を払い学び取ろうとする。
    敗者は自分より勝るものを不快に思い、アラ捜しをする。
  • 勝者は職務に誇りを持っている。
    敗者は「雇われているだけです」と言う。
  • 勝者は「もっと良い方法があるはずだ」と言う。
    敗者は「何故変える必要があるんだ?今までうまくいっていたじゃないか」と言う。

追記

404 Blog Not Found : The more realistic difference between winners and losers」も面白いので是非ご覧下さい。

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水曜日, 2月 28, 2007

変な夢

夜勤明けで家に帰って昼間に惰眠を貪っていたらもの凄く変な夢を見た。

夢の中で、ひどく小さな居酒屋のようなところに居た。 会社の同僚や、知らない顔の人がいる。 皆お酒を飲んでいるらしく顔が赤かったり呂律が回っていないようだ。 わたしはというと、お酒は飲んでいないようだが、声を枯らして何かを叫んでいる。 何を叫んでいるのかは定かではないのだがとにかく何かを伝えようとしている。

所変わって、どこかのお寺の本堂。 ここでも何かを伝えようと一人で一生懸命話している。誰も真面目には聞いてくれていないようだ。

また所変わって、小さなラーメン屋。 止まり木しか無く5人も入れば一杯になるようなお店。 お店の中はまさにすし詰め状態で満員電車のよう。 
そこのラーメンの麺は春雨か心太のような色で、麺は心太方式で作られている。
居酒屋で飲んでた人達と最終的にこの店に流れて来たらしい。
相変わらず誰も真剣に話を聞いてくれない状況が続いている。 わたしはとうとう、ラーメン屋のおやじさんとおかみさんに熱く語りだしていた。

「つまり仕事が好きなんですよ! 転職も何回かしたけど、どの会社も好きだったし、やってた仕事も好きだった、愛していたといってもいいほどに!」
するとラーメン家のおやじさんが、
「俺もいくつも仕事を変えてきた。 ラーメン家を始めるために台湾で何年か修行して・・・ あーこの仕事が好きだなと思ったのは、この時だけかな・・・」

これが、覚えている夢の全容。

さて、この夢に解釈を与えるとしたら・・・

一言でいうと、恐ろしく孤独な想いを抱いているのかも。

夢を形成した材料は:

居酒屋:先日会社の親睦会に出席した
お寺の本堂:『鉄門海上人伝』(最近復刊されたコミック。 寝る前に読んだ今週号のAERAの記事)
ラーメン家:昨日の夕ご飯に担々麺を食べたいとかなり本気で思っていた。
孤独:ここ2週間ほど変則勤務をしていて、人とあまり会話していないから。
仕事が好き:変則勤務をしている自分の内面の想い。 この勤務状態にあることをどう自分の中で考えているか。

こんな駄文を書いているうちに、もう一つ別のことをふと思い出した。
ふと思い出したということは、かなり重要なことかも知れないので書き留めておく。

「あなたは結婚していていいよね。 家に帰れば旦那が居て、息子が居て、おまけに猫達も居て」ということ。 大抵この台詞の後に、「いいよね〜、幸せで」という感想がつく。
そんなによその人って幸せに見えるのだろうか? 確かに今自分は幸せだと思う。 嫌になるほどのことも一杯あった。 親の精神的なアンバランス、倒産、倒産により家を手放したこと、離婚、転職、子供がいじめにあっていたこと。
もちろん、もっと大変な目に遭っていた、遭っている人達もいると思う。

とにかく、自分にとって辛いことはあったが今がある。 過去のことをどう乗り切ってきたのか、今は定かではないことも多い。 でもとにかく生きることをやめなかったから、こんな駄文を書いている。
確かに今幸せだと思う。 でもそれは、いいことが一杯、だからなのではなく、「とりあえず寿命が尽きるまで生きていてもいいかな」、と思えているからかな。
人を羨んでもしょうがないし、人と比べてもしょうがない気がする。 自分は自分以外の何者にもなれるわけでなし。

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日曜日, 12月 17, 2006

対象喪失

対象喪失。 自分の気持ちが動揺しているのかが、わからない。 
今は心が動いていない。 いつもと変わらない自分が居る気がするが。

対象喪失としての感覚が発生する以上に、相手が心の一部と化しているのだろうか?
それとも、自分で意識しているほどには、相手を自分の心に留めていないのだろうか?

この感覚はしばらく検証して行く必要がある気がする。

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喝采症候群 独断的パラノイア論 復刊

長いこと廃刊となっていた木田先生の本が太陽出版より復刊。

復刊に尽力してくださったHさん、Yさんはじめ皆様のご好意と、ご苦労にあらためて頭が下がる思いです。
謹んで再刊された本購入させていただきました。

12月8日は忘れられない思いでの日となるはずです。

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木曜日, 11月 23, 2006

弱さと強さ

今日は用事があって出社した。
年のせいかくたびれながらの出社。

自分が仕事で関わっている人達の成果を見学した。
いつも仕事をしながら思うこと。
「もっと積極的に自分を打ち出すべきかな?」
でもいつも自分の中の声がささやく。 自分が自分であることが大事。 前に進む馬力がないならそれもいいじゃないか、と・・・

知っている人でいつも闘争的といっていいほど前進している人がいる。 その人のことをよく知らない人は、『凄いパワーで前向きなひとだね』と高い評価をしている。 私はというと、その人を見ているとマグロを思い出す。 なぜマグロかというと、回遊していないと生きて行けないから。 つまりは、立ち止まることが出来ない。 一つの側面から見れば、エネルギッシュで凄いかもしれない。 でも、違った角度で見ると、湧き出るエネルギーに翻弄されているようにさえ見える。

このようなタイプの人は一般的に“強い人”と言われるみたい。 では“弱い人”とは、というと反対のタイプの人達なのであろうか? 

最近知り合いになった人が、「動きたいのに動けない、誰かが背中を押してくれれば一歩踏み出すことができるかも。 でも時として戻ってきてしまう場合も」という感じのことを記していた。 これを読んで、我が息子が中学になった時のことを思い出した。 中一の中間や期末試験の度に、彼はソファに転がり涙ぐんでいた。(無事成人して社会人になった今、こんなことを書くのは彼の名誉(?)に関わる気もするが・・・ ただ、凄く僭越だと自覚しているが、どうしてもその知人に自分の気持ちを伝えたい気がして。 ごめんよ我が息子)

息子:「やらなきゃ(試験勉強)いけないのは分かっているけど、どうしても出来ない・・・(涙)」
私:「いいさ。 きっと今は心が石みたいになっているのよ。 ママもそうだったもの。 この歳になった今もそうだもの」

彼との会話の一部分だけ抜粋して書いていると凄く変な会話にしか読めないと思う。 こんな会話をかわしながら、わたしは彼が立って歩くための足が石になってしまったのだと感じた。 上半身は前に進もうともがきながら、下半身が動かない、だから動けない。 動けない彼の気持ち、痛いほど良く分かる気がした。 

昔、登校拒否の子の治療をしていた時に思ったことがある。 登校拒否の状態って、綱渡りの綱にかろうじてぶら下がっている状態みたいだと。 落ちてしまえば楽になるのに、と。 つまり、開き直って不良少年になってしまえば、居場所があるかもしれないのに、登校拒否であるために、自責の念に捕われ、友達の目を気にして・・・解放されない状態。 あるべき姿と信じている自分の理想とそれに近づけないジレンマの狭間で、責め苦を負っているように感じた。

前に進むこと、これが理想の姿と誰が決めたのだろう? 理想とされている人達が回す世間。 それが今のひずみを生んでいる気がする。 静かに生きることも有りのはず。 生きて行くこと自体が前に進むこと。 ゆっくりでも良いはずだ。 弱いと定義する人がいるならそれもよし。 勝手に定義してればいいのだ。 強いと思われている人ほど、弱く、「自分は強い」と念仏を唱えていることもしばしば。 弱くても、強くても、なんでもいい。 自分の中に少しだけでも気に入れる部分があったり、自分を気にかけてくれる人がいるなら十分なのかもしれない。

「自分がこうだったら・・・」と夢想することもある。 でも自分の気に入らない部分を書き換えたら、今の自分は居なくなる。 あるいはひとす書き換えたら、次はこれも、あれも、となる気もする。 きりがない。 それだったら、今の自分と折り合いをつけるのが一番かもしれない。

書いているうちに支離滅裂になってしまったが、自分に対しては「あるがまま」相手に対しては「君の存在に感謝」。 これがここ何十年かの私の念仏となっている。

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日曜日, 11月 19, 2006

木田先生へ

木田先生の最後の勉強会から早一ヶ月。 

先生は勉強会の3日後に某病院に入院なさった。
先生は写真嫌い。 でも最後の勉強会では大奮発で痛みをガマンなさってカメラに笑いかけてくださった。 先生ありがとう。 出来の悪い子分ですみません。 親子3代お世話になりました。 
ゆっくり体を休めてください。

先生との約束通り、どこに入院されたのかは聞きません。お見舞いに行かないことになりますが、許してください。 先生に足掛け30年に渡り教えていただいたこと、相談にのっていただいたこと、いつまでも心に留めて、自然な生き方で生きて行きます。

50代の頃から、「早く引退したいの」とおっしゃっていた先生。 先生主催の全ての勉強会は終わりました。 どうぞゆっくりしてください。

由加里

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水曜日, 11月 01, 2006

仏の○○

仏の○○、などという呼び方があるが、これは一体いかがのものだろう。 本当に仏様のような心の持ち主もいるかもしれない。 あるいは、感情をあらわにするのを良しとしない、感情を表に出せないという場合もある。 
自分の場合はどうか? 必要以上に怒っても疲れるだけ。 相手がある場合は、相手を萎縮させることのマイナス面を思うと怒る気がしなくなる場合もある。 自分が怒られた時の惨めさが嫌で怒らないというところが本音だろうか?

ただこれらは他人に対してであって、身内は別扱いのことがほとんど。 そういえば木田先生(とうとう入院なさってしまった)も、「分析は他者に対して行えるけど、身内に対してはできないのよ」とおっしゃっていた。 これは厳密には、自由連想法のことであるけども、それほどに身内には生の感情が動いてしまいがち、という話。

仏と呼ばれたいと思ったことも無いし、怒らなければ相手が理解しないとも思わない。 必要に応じて“叱る”ことはあるが、叱るという行為は感情をベースにはしていない。 感情をベースにしていないということで、“怒り”のエネルギーを発散させないから、“怒らない人”に見えてしまうのかもしれない。

感情に支配された言葉は、相手に嫌悪感や拒絶感、恐怖を感じさせることにしか繋がらないと思う。 「これは困る」ということを相手に伝えたい場合に怒るというのは得策では無いと思う。
そういえば子供の頃良く親に怒られたっけ。 親が怒る理由は今考えればご無理ごもっともな部分もあったけど、あの怒り方は半端じゃなかった。 手をあげるというパターンはなかったけど、言葉の暴力といっていいほどのすさまじさ。 
ただなじるといいうのとも違い、『あなたのため』という思いを端々にちりばめ、生の感情をぶつけてくる。 始めの10分ぐらいは怒りの理由が明確なのだが、その後は自由連想的に支離滅裂。 自分の子供時代の未生怨のものまで登場してくる。 確かにあの人は半端ではなかった。 

だから今でも感情をもろにぶつけてくる人は不得手である。 「ああはなりたくない」、と強く念じて今日まできた。 だから、“仏”という冠が自分に被せられるのも納得がいかないのである。 私の周囲に居る/居た“仏”印は皆?マーク付き。 人の背景を知らずに言葉先行で括るのは簡便して欲しい。

早い話が他人のことを怒るのが好きじゃないだけ。 

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土曜日, 9月 09, 2006

恩師木田先生の勉強会

木田先生のお体の具合が凄く悪い様子。
今度の土曜日で30年以上続いた読書会が閉会する。

必ず行こうと思っているのだが・・・憂鬱な事態である。
でも、これで先生はやっとゆっくり出来るのかもしれない。

時間は間違いなく動いていることをあらためて思う。
先生とはじめてお会いしてから30年。
みんな歳を取っていくのだな。
いい時間でさえも誰も止められない・・・

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木曜日, 7月 06, 2006

師匠(大好きな先生)

久方ぶりに師匠の勉強会に参加。

相変わらずの優しい雰囲気と、心溶かす優しい香に包まれていた。 「たらちねの母」という言葉が急に浮かんだ。

先生は、齢86。 30年前に初めてお会いした時より縮んでしまわれた。  おまけに右の頬のしたあたりにに腫れがあり、それはちょうど奥歯が腫れている時のような具合。 自分の親知らずを抜いた後の顔の腫れを思いだす。 腫れのせいで喋られるのも多少大儀なご様子。 心痛い風景。 痛み止めを服用なさっているとのことだが・・・ お医者様の診断は癌とのこと お医者様も、『口腔内治療は、切るも、切らないもご本人次第』とのことで、「もうめんどくさくて、これ以上長生きしたくないし」とニコニコしながら語る我が師匠。 思わず自分の目から涙がこぼれてしまった。 他の参加者が居なかったら、涙を押しとどめることは出来なかったと思う。 大好きな先生、心の恩人が、今ゆっくりと死の準備を受け入れていらっしゃる。 大好きな人だから、好きなようにして欲しい。 50年以上、心を彷徨わせている人たちの横に立ち、付き添って歩まれてきたのだから、もういいかげんご自分のための選択をしていただくべきと思う。 大事な人だけど、なぜか「長生きして欲しい」には直結しない。 他の参加者の方達は、「良性だから」とか「切れば楽になるし」、「わたし達のために、もっと長生きしてお話を聞かせてください」等々話していたけれど・・・ どこをどうしても、どうしてもそんな言葉 が頭に浮かんでこない。 先生、ご苦労様。 本当にご苦労様。 もうご自分のためにだけ生きてください。 ご自分のための人生を・・・。 これを書いていても、また涙が込み上げる。 何の涙だろう。 自分の背骨が静かに風化していく悲しみか、思い出が静かに塵となる瞬間がひたひたと忍び寄ってくることにか・・・

でも、先生は私の中で、思い出という括りになってしまうことはない。 先日先生の代理として立川のカウンセリングルームに話してとしてお邪魔させていただいた。 話をしている間、ずっとわたしは先生の存在をとても身近に感じた。 先生がそっとわたしの横に座られ、わたしの話す言葉と先生の話す言葉が同じものとなり、二人で唱 和するかのようにわたしの口から言葉が出ていた。 その存在は大きく、また(凄く生意気だけど)わたしの半身のような気がする。

師匠に癌を治療すべきだというまわりのご意見が一段落した時、ある人が「フロイドも確か口蓋と顎の癌でしたよね」とコメントしていた。 確かにわたしもそんなことを思ったけど・・・ 何となく古澤平作先生と、古澤先生の親友であられた東北大外科教授の桂重次先生のエピソードを思い出した。 古澤先生が目を悪くされ(確か失明の危険があおりだったとか)入院している時に、お見舞いにいらした桂教授がお見舞いに持ってい らした本が、“失明する兄とそれを憂う妹”がテーマの本だったとか。 古澤先生 が、「外科はサディスト傾向があるからね」のようなことを苦笑交じりにおっしゃたとか。 木田先生とフロイドの癌を重ねたコメントはまったく別の次元ではあるが、「良性の腫瘍ですよ」 と一生懸命先生に言っていた後の言葉としてはかなり 驚いた。 これは他動愛と自動愛とでも表現すればよいのだろうか。 わたしには、自分のために「先生に死なないで!」とは言えない。 

大好きな方だからこそ、何十年も慕い、尊敬し続けてきた方だからこそ、何も無理 をさせたくない。 軟らかい、乳白色の肌。 人を溶かすような微笑。 わたしの心の母であり、最愛の師。 

他の方達が帰られてから、少しだけ先生と二人きりで話をした。 わが息子のことを懐かしそうに語る先生。 もう25年も前の赤ん坊時代なのに、昨日のことのように覚えていらっしゃるご様子。 最近の事象は簡単に記憶の回路から零れ落ちてしまうのに・・・ 不謹慎だが、緩慢な死を目の前にしている我が師匠。 その中で我が息子も決して消えない思い出として先生の記憶に刻まれているのだろうか。

思い起こせば30年前、当時住んでいらした高円寺のお家にお邪魔することがなかったら、今の私も、我が息子も今という日々を迎えることは無かっただろう。 お会いした瞬間から、何か長いこと捜していた人にめぐり合った、懐かしい人にやっと出会えた気がしたこと、はっきりと覚えている。 そんな思いがこみ上げてきて、とうとう涙が止め処も無く零れてきてしまった。 

30年来の子分(?)といっても、途中不遜にも自分の生活で手一杯なのを、「先生はもういいっころ引退したと思っているのょ」とおっしゃっていたことを理由にご無沙汰してしまっていたことに対する後悔。 巡りめぐってチョコチョコ出入りするようになった今、あの時期は一種の親離れを試みた時期だったのかと思う。 不遜にも先生の後継者になりたいなどと思いつつ、全然違う道を歩んでしまっていた。 ただ、10代で受けた精神分析は、いつもわたしが自分を理解するうえでずっと支えとなっていた。 

「先生に出会えて本当に良かった」といわたしに、「そうでしょう、出会えて良かったでしょう」とおっしゃるわが師匠。 「でも私が威張るのは、実は古澤先生とフロイド先生が私の師匠としているからなのよ。 私は古澤先生とフロイドの理論しか知らないし、でもそれがあなたの役に立っているから」と先生の言葉は続いた。 「それって、ちょっと違うかもしれませんけど、『本当によく育つと生涯一人の伴侶で十分』なのとある意味一緒ですよね。 わたしは先生お一人で十分で、またずっと尊敬し信頼してきました。 だから先生と、先生の師匠である古澤先生、そしてフロイドを知っていることでわたしは十分です。 学者であれば他の分析者の思想を知ることも大事かも知れない。 でもわたしは学者でもないし、先生がわたしに教えてくださったこと、古澤先生とフロイドの理論で十分です。 心から信じられるから。」

「先生、どうぞ好きに生きてください。 もう十分に困っていらっしゃる方達の心の整理に分析者としてお供してらしたのだから」、「ゆかりちゃんだけね、わかってくれるのは。 ありがとう。」 「あなたにお回ししてよかった(実は先日先生のところに電話相談されてきた方に先生がわたしを紹介してくださった件があった)。 いろいろな方を存じ上げているけど、ばっとゆかりちゃんのことが頭に浮かんだの。 無意識だったけど、やっぱり無意識って正しいわ。 これからも何かあったらお願いね。」 「がんばります、とはいいません。 ただ自分ができることは最善を尽くします。」

こんな会話をして先生のお宅を辞去した。 また、第三土曜日にお邪魔させていただくつもりでいる。 いちも傍に寄り添っていてくださる先生。 できの悪い子分ですみませんが、わたしにできることは何でもします。 私の大好きな師匠へ。 

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土曜日, 6月 24, 2006

立川まで出かけた

本当に久しぶりに分析関係のことで立川の某カウンセリング・ルームにお邪魔する。
お天気も良く、お出かけ日和で気持ちの良い一日だった。

おこがましくも人様の前で話をする。
自分が話している間、木田先生の気配と声を背中に感じた午後。(実際に先生がいらしたわけではないのだが・・・ もちろん、幻聴、幻視の類にあらず)

先生のところに通いつめていた十代。 あれから四半世紀以上たっているが、先生に教えていただいた事柄は、何一つ風化していない気がする。

やはり、本来の道に戻ることを真剣に検討するべきかも。
フロイド先生の教えを教えてくださった先生の意志、いまだ健在。

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月曜日, 11月 14, 2005

町田女子高校生殺人事件

町田の女子高生が小学校からの幼馴染に刺殺された。
心痛ましい事件だが気になることもあるので忘れてしまう前に書き込んでおく。
あっちこっちで同じことが書かれているかもしれないけど、とにかく分析者として感じたこと。 但し、本人の生育歴等を知っているわけではないので、TVやラジオで報道(週末から不在にしていたため、新聞は読んでいない)されたことからの推測ベースである。

〔少年に関して〕
  1. 顔や頭部に傷が集中(一般に言われる、極度の憎悪から攻撃した部位)
  2. 少年は凶器を持参していなかった。(殺害するための事前準備はされていないの様子)
  3. 学校で被害者が他の女子生徒と会話しているのを見ると、自分の話をしてると感じていた。(関係念慮)
  4. 犯行の翌日に普通に登校、授業を受けていた。(加害者が起した外的変化だが、自らの精神を維持するために普段の生活を繰り返す。
  5. 拘留されてからの発言「飯はまだですか?」、「良く寝たけどまだ疲れが取れない」。反省の色が見えないというが、肉声が放映されているわけではないので、文字面だけで加害者の現状を想像するのは早急すぎる気がする。(3.にも言えることだが、感情鈍磨も考えられるか)
  6. 少年はワンダーフォーゲル部に所属し、「先生とも一緒に汗を流すことを楽しむ生徒だった」(学校関係者)という。掃除当番などもさぼらず、文化祭でも自分の役目を果たしていた。(大人の望む子供のあり方的の典型か。
  7. 「怒り出すと怖く、近寄りにくい子だった」と言う中学時代の同級生(15)もいる。(事件がおきると、過去の小さな、あるいは日常の事柄が事件の背景として聞こえてくることが多い。この同級生のコメントをどのように受け取るかで、少年の見え方も変わる気がする。)
  8. 少年は長子・長男とのこと。中学2年の時父親を病気で失っている。中2と言えばちょうど思春期。下に2人の弟妹がいるということを考えると、思春期の訪れも早かったかもしれない。エディプス期でもあり、「亡くなった父の分も家族を支えて」となるか、あるいはエディプスがその思いを実行に移す機会を得られなかったことも考えられる。
〔一般報道関して〕
  1. 「ま じめな少年云々(良く使われる表現であるが、これは社会、学生の場合は特に学校殻のコメントとして多用されている気がする。社会が定義する『マジメ』は年 々その意味する幅が狭くなっている気がする。『マジメ』であろうとすればするほど、自我が本能と超自我の板ばさみとなり精神の柔軟さが無くなるように思 う。乳幼児期の躾を行う大人との愛情関係による。社会、大人、家族の求める息子像を演じるため、自身の感情を抑えることを引き換えにしていた気がする。 「入学以来、無遅刻・無欠席のまじめで口数の少ない子」との学校のコメントが気になる。)
  2. 「担 任に相談できなかったのか?」という識者の意見もあるようだが、これはかなり的外れな気も。期待される教師像云々、という話もあるが、特に多感な年齢の生 徒にこのようなことを求めるのはいかがなものか?ここにも、大人の欺瞞があるように感じる。テレビドラマの『金八先生』のようなことが現実そうあるわけで はない。起きたことを批判するのは簡単だが、識者にそういう経験が過去にあるといえるのだろうか?あったとしても、自分の考え、経験を他人にも要求すべき ではないのでは。
〔その他〕
  1. だんだん報道が落ち着いてくると、通報しなかった隣人に矛先が向くのだろうか?(集団ヒステリー的な先行きが気になる)

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日曜日, 5月 29, 2005

過労死

最近は過労死の定義が拡大されたらしい。 “残業月100時間超”というのは、正確には持ち帰った仕事を家で行った時間も含むらしい。 実は家で仕事をするほうが気が散らないので効率が良い。 ただし、気が済むまで仕事をしてしまうのでその分睡眠時間が極端に短くなる。 情けない話だが、その分朝寝坊する。朝寝坊すると会社に行きたくなくなるが、それでも起きてから所要時間8分ほどで家を飛び出て会社に向かう。 もちろん定刻には到着不可。 これで朝一の会議なんぞあった日には見るも無残な結果となる。 仕事の効率を上げるつもりが、結果は最悪。 明日は8:30には会社に着いてなければならない。いっそ寝ないで出社しようかな~。 明日起きれなかった場合を思うと、動悸、息切れ、眩暈が・・・ 同居人たちよ、もし私が倒れたら原因は過労だからね! ゲームのやりすぎじゃなく、仕事のし過ぎだからね!!

そういえば、昔知合いのコンサルタントが言っていたっけ、「家でクライアントのこと3秒考えたから、最低料金1時間分を課金する」って。 こういうタイプって過労死とは無縁なんだろうな、きっと・・・

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金曜日, 3月 25, 2005

「カウンセラーになりたい君に」-知人のメールに対する返信-

お久しぶりです。 ○○さんもお元気ですか? -一部割愛- さて、お問い合わせのカウンセラーの件に関しご連絡します。 私の持っているカウンセラーの資格は、「○○カウンセラー」というもので、○○カウンセリング○○で取得しました。 9ヶ月のコースで、隔週1回づつで教室に通い、 9ヶ月後に○○カウンセラー認定試験を受験するというものでした。現在は、カウンセラーも「○○」だの「△△」だのと志向性が多くなり、何が一番安心できるのか良くわかりません。 個人的には、臨床心理療法士とカウンセラーは似て非なるものと考えています。 最終的に臨床心理士を目指すのであれば、そちらの方を最初から目指した方がいい気もします。私は、大学を中退してしまい、受験資格を持っていませんが、カウンセラーを取ってからという遠回りをしないで良いのなら、直線距離を進むのがベストかと思います。 臨床心理士なる資格も、昔□□教育研究所にいらした故○○氏(後、○○大教授)が中心となり作ったものです。実は、この○○氏は、年齢は私より上ですが、私の後に私と同じ師匠に教育分析(フロイトの提唱した精神分析の技法で、治療者になる人間は必ずこの技法により自分の中の問題を整理するべきとしている)を受けた方です。私の師匠の木田恵子女史は、オーストリアに居たフロイト医博の元に行き、フロイトの高弟(フロイトが既にガンで病床にあったため)に教育分析を受け、日本に精神分析を紹介、日本精神分析学会を設立した古澤平作医博の直弟子です。弟弟子で、小此木啓吾氏が非常に有名なのではないでしょうか? 84歳になられる今も、東京の中野で月1回勉強会(というか座談会)を開かれています。私の母が多数の神経症を持ち、いろいろな病院の精神科に行ってもよくならず、最後にご縁があって木田先生の治療を約7年に渡り受けました。 その途中、私が高ニの二月の時に先生の下に師事してからのお付き合いとなります。早い物で25年以上となります。私の場合は、自閉症、登校拒否の子の治療者を3年ほど行い、その後出産して、自分の夢からはかけ離れた生き方をしています。現在までカウンセリングは会社で活用することはあっても、カウンセリングだけで生活をしたことはありません。 どのような方を対象としてのカウンセラーになるかも重要ですが、まづ、自分の生育歴、無意識の中の未生怨の整理をすることが一番かと思います。カウンセラーとして仕事をする際にの一番のポイントは、家庭と仕事のバランスをどうするかということに尽きるかと思います。深夜等の時間にクライアントから連絡があった場合、それも含め自分がカウンセラーとして相手を受容していくだけの心積もりがあるか、クライアントが自殺等をほのめかした際などなど、かなり厳しいシチュエーションも考えられます。ご主人と、ご子息の理解、特にまだ成長過程にあるご子息と自分自身の関係がどう変わるのか、どう新たな関係を作るのかの熟慮も必要でしょう。 カウンセラー、臨床心理士という職業は、人様の心の中に立ち入る、あるいはお邪魔をする仕事です。言ってしまえば究極の「覗き」ともいえます。覗きを覗きとしてでは無く、クライアントが再度自分が自分であることを良しと感じられるようなるためのお手伝いをする気持ちがあるか、多分ここがポイントです。 ご自分が何故カウンセラー、あるいは臨床心理士を目指すのか、その整理をはっきりしてから歩き出すのが良いと思います。「溺れる者、藁をも掴む」の例えどおり、クライアントは苦しい分、セラピスト/カウンセラーをその苦しみに引きずり込む負のパワーを持っています。合わないと思って途中でそのケースを投げ出す事は人間として、治療者としては厳禁です。 取り留めなく、やたら長くなってしまい申しわけありません。最後に自分の経験を書けば、木田先生に出会って分析を勉強したことの最高のことは、先祖から母を経由して私に引き継がれた、負の遺産を息子に負わせることを避けられたこと、この一言に尽きると思います。連綿と続いた精神的負の遺産が多少なりとも軽減され、同じ悲しみや苦しみを子供が追体験しないで済んだこと。母親としての本来のあり方から大きく逸脱しないで済んだ、本当に良かったと思います。そして、おまけで、自分が自分の生を全うして行くのに役にたっているということもあげられます。 どの分野のカウンセラーを目指すにしても、現実と理想に図りしれないギャップがあることは確かです。 何のアドバイスにもならないけど、ご健闘お祈りします。

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土曜日, 3月 12, 2005

人生の節目

卒業、進学あるいは社会へと出て行く時、これも人生の転換期あるいは節目というのだろうか。

2月、の終わりに身内が救急で入院した。急性大腸炎という病名とでもしよう。 病気の原因が外的なものだとはっきりしていたら、ここに改めて書くなどということはしなかった。が、発病後27日経過した今も原因が明確ではない。

ことの起こりは2月末早朝。「腹が痛い・・・」と言って○○が訴えてきた。遡ること2日前、当人一度この病院に行って診察を受けている。本人としては虫垂炎の心配をしていたのだが、お医者の先生はインフルエンザの可能性あり、虫垂炎の可能性は低いと診断したらしい。

と にかく、痛いというので救急車を呼び、病院へ。そこに居た当直医。素足にパパさんサンダルを履いていた。素足の踵は角質化して白く、風邪をひいているのか 鼻ズルズル。 もうこの時点で何となく不安。無愛想(当直で疲れているのかも)で、だらしなく、何となく不潔な感じ。痛がっている身内を診察台に寝かせて 触診開始。 腹部を押し始める。 身内も妙に我慢強いので、押されて「痛い」と言う代わりに、低いうめき声を少し上げるだけ。でもその反応からでも、押さ れて痛いのは分かると思うのだが、先生曰く、「『痛い』と言わないと分からない」。しかたなく、「痛い」と言葉を発する身内。 先生の押し方も何となくが さつというか乱暴。この時点で“転院”と言う言葉が頭をよぎる。ひとくさり触診が終わって、診察台に体を抱えて転がっている身内。背中が捲れ(寒い明け方 だったが急であったのでパジャマ姿のまま)たまま。足元に病院のタオルケットがあるものの、使っていいですかと聞く気にもなれず、私のコートをかける。看 護士さんも忙しいのか、転がされたまま20分ほど経過(本当はもっと短い時間だったのかもしれないが、多少気持ちが動転していたので、ごたぶんに漏れずそ れなりの時間が経過した気がする)。その間、くだんの先生は、頭を書きながら机の前で頭を掻き掻き唸っている。まるで試験の答えが分からず格闘している受 験生のよう・・・どうしよう、この先生が担当医になったら・・・冷や汗が流れる。先生暫くして看護士さんに声をかける、「○○さんのカルテは?」。看護士 さん、「まだ事務の方から届いていないです」。ところがどっこい、カルテは既に救急受付の机の上に鎮座ましましていた。暫くして看護士さん、それに気づ き、当直医に渡す。当直医の先生、またまた頭を掻きながら、書き込む。隣のベッドのある部屋で寝ていろと仰せで、身内ベッドに移動。 一時間ほどして別の 先生(以下B先生)が現れ、看護士さんから身内の状況を聞く。「△△先生の処置は?えっ、何にもしてない?!ダメだよ!あの先生では!」の声が聞こえたと 思ったらB先生が現れ、レントゲンだのCTスキャンだの、検査を指示。やっとまともに診断してもらえてる、と少し安心。検査が終了して点滴される身内。身 内の触診をするB先生。「痛い思いますが、少し押しますよ」と実に丁寧に触診を行う。 結果大腸が腫れているようだということで、外科預けとされる。ちな みにB先生は呼吸器科専門とのこと。この間に点滴3本完了。そこに外科の女医さんが現れ、状況の説明を聞く。 原因不明(この時点で完全な理由を聞く方が 無理なのは承知)なので、とりあえず入院して対処療法を行うとのこと。この日から、身内は入院。

身内のスケジュールとしては、3月15日卒業式、17日に就職先の研修説明会に行く予定ありという状態。しかし、原因不明の大腸炎ということで毎日点滴生活。

思い起こせば、本人幼稚園を卒業して小学校に入学する時、頻尿症になった経験がある。幼稚園から小学校へという道のりは、もの凄いプレッシャーだったようで、

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日曜日, 2月 27, 2005

厄年

身内の一人が緊急入院。 体の五分の一を失った気分。>鬱・・・ そういえば、今年は本人本厄か?(後厄だったらあまりに可哀相。)早く良くなれ!!!!

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金曜日, 10月 10, 2003

言葉と体

知合いが転職した。 
会社に辞表を提出して受理されてからは仏顔。 肌の調子もやたら良く、顔が凄く穏やかになっていた。 それほど今までが大変だったのだろう。 
肩の荷が全て降りた、退職までの1ヶ月幸せな日々を過ごしていた。 

そして新しい会社での勤務が始まった。 始まって約1週間。 そつなくやっているのだろうとと思いきや、本人の歓迎会の席で足の指を骨折。 どうやら正座で足が痺れていたのを無理して立ち上がったためらしい。 
これは普通に考えれば「運が悪い」、「ドジ」ということになるのだろう。 だが、(精神)分析的に考えると、既に仕事をすることがいやだったのかなという気がする。 

社会人として考えると、入社1週間はまだ自分を会社になじませる大事な時期。 そんな時に怪我をして出社不可の状態に陥るとは本人には情けない状況だろう。 細かい背景は不明だが、転職したものの、本当は「仕事をしたくない」あるいは「転職した会社が合わない」などの無意識の想いがあったのかもしれない。

人間外的環境が良きにつけ悪しきにつけ変わると、精神が退行する。 

この事例もその一つ。 「転職して良かった」と言葉では言っていても、仕事に行くことを不可能とする事情が発生して個人の行動が制御されてしまう。 偶発的な事象を作り出して無意識の思いを遂げる。 「言葉と行動に違いがある場合は、その行動を基準とすること。 何故なら無意識は行動に現れるから」というのが木田先生の言葉。 言葉が心の動き(無意識)と違うことを語り、心がそれに抵抗する時、体が全てを代弁することがある。 知合いにとって転職したことは良かったのだろうか? 前門の虎、後門の狼、進退窮まっての末骨折という事象で心のバランスを測ったのかもしれない。

意識(会社に出社しなくてはいけない、あるいは行くのが当たり前) → 無意識(行きたくない、仕事なんかしたくない) → 無意識を認めるわけにはいかない(現実の事情=収入が必要、社会人としての姿勢等)、認めたいが超自我が許さない → 自我の苦悩 → 自我が妥協するための合理的な事情 → 事情の創出(この場合は怪我) → 表向きの正当な理由の発生。 ここまでは当初の目的の発生のためのメカニズム。 

しかし、二次的な事柄として新たに罪悪感(欠勤に対する)、不安(怪我が理由で社会人としての自分が他人にどう評価されるか、極端な場合解雇されるのでは)が発生している。 この怪我による欠勤が当人に転職による退行からの再生となるか、このまま抑鬱状態になっていくかは今後の展開次第となるだろう。 当人の心の強さと周囲の環境および他の人たちの接し方による。 

人間は本当に複雑な生き物だということを改めて感じる。

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