今週考え込んでしまったこと・・・
そう、今週は諸々あった。自分の家のことも、よそ様のことでも。
生きるってなんだろう。
今年の3月と4月に産まれたニャンズの子供達。小さな命が数日しか続かなかった子達。虹の橋を渡って行った。午後に庭に出た。 虹の橋の入り口に生えた雑草。庭の草むしりをしながらあらためて、彼らのことを思い出した。 皆、元気に暮らしているよ! ベストを尽くせなくてごめんね!
いつもお邪魔する大好きなブログにも胸が辛くなる記事が載っていた。 猫さんのこと。 やっとゆったり生活でえきるかと思ったら、病気のキャリアーだということがわかったらしい。 でも一緒に住んでいるお父さんとお母さん(もちろん人間の話)の考え方が素晴らしい。 "病気が発症する可能性はあるかもしれないけど、だから、どうした。 それでも彼は彼"。 自分にもそんな力強さがあるのか、ふと考えさせられた。
親が体調を崩して入院していた。 病院に入ってもう2ヶ月経っていたらしい。直ぐ行ける距離なのに、2ヶ月も知らなかった。 心配させたくなかったらしいのだが・・・ 別に親と仲悪いわけでもないし、それなりに親密なんだけど・・・ ポちっと疎外感。 心がちょっぴり痛い。 80超えているから、動揺はないのだけど。 親と娘ってこんなもんなんかいな?
姉のところの犬さんの体調も今一。 こちらもご老体。 いくつになっても子どもみたいな子なのだけど、体だけは年を重ねることに正直。
みんな長生きしてくれれば良いのだが、生きることが辛くなってっしまったら、本当はどちらが良いのだろう。 だから、誰にも"ガンバレ!"なんて言わない。 生きることで十分頑張っているから、"病気に負けるな"、"仕事がんばれ!"、などなど、世の中どこまでガンバレばいいのか?
だいたいガンバレなんて掛け声かけなきゃいけない状況ってなんだ? "一生懸命生きてもいいや"って思えるような育ち方してないと、なかなか前向きには生きられない。 これがフロイトの言う『生のエネルギー』。 でも体の細胞が死んでいくという事実にあるように『死のエネルギー』もある。 このバランスのあり方が重要なのだろう。 如何に生きるか、は、如何に死を迎えるかということでもあるのかも知れない。
人生半分以上過ぎたし、そろそろ心を豊かにして毎日を過ごすように心がけなければ。
長生きすることは、密度の濃い人生と必ずしも同義ではないのだろうから。
なるようになる。 所詮なるようにしかならない。 たゆたう日々を送りたいな~
そうそう、恩師木田先生がよくおっしゃっていたフレーズ:
『災難に逢う時節には、災難に逢うがよく候。
死ぬ時節には、死ぬがよく候。
是ハこれ災難をのがるる妙法にて候』
「良寛」(水上勉/中公文庫)より
ラベル: かうんせりんぐ, どうにもよくないこと

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